異見交論60 「飛び入学」は飛べたのか 千葉大学・渡辺誠理事、高橋徹教授

渡辺誠(わたなべ・まこと=写真左) 1961年、東京都出身。千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。セイコー電子工業、千葉大教授などを経て現職。
高橋徹(たかはし・とおる=写真右) 1963年、秋田県出身。東北大学大学院工学研究科博士課程修了。

 高校を中途退学して大学に入る「飛び入学」を、千葉大学が全国に先駆けて導入して20年。2018年秋までに72人が大学から飛び立った。一人ひとりの才能と学びの進度を重視し、画一的な日本の学年主義、横並びを打破する画期的な取り組みとして注目され、当初の狙い通り、博士課程への進学者がかなり多い。だが、いまだに入学希望者は増えず、追随する大学も少ない。現行の入試制度や高校の先生、保護者の意識が阻んでいるのだという。飛び入学のいまを、同大学の渡辺誠理事・副学長と高橋徹・先進科学センター長に聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈、写真も)


 

飛び入学

独創的な研究の推進や若手人材の発掘育成を目指し、1998年に工学部でスタート。99年に理学部、2004年文学部、18年園芸の4学部も導入した。飛び入学した学生は各学部の教育のほか「先進科学プログラム」を学ぶことができる。18歳の夏休み、2年目以降にも1か月の海外研修がある。学部卒業生の87%が大学院に進学、25%が博士課程に進んだ。

 

 

■成果は「ユニークな人」

――まず、導入して20年たった飛び入学の成果から聞きたい。千葉大の取り組みを受けて、名城大や昭和女子大など一部の大学が取り組んだが、広がっていない。なぜなのか疑問だからだ。

 

渡辺 博士取得率が25%に達している。通常ならば千葉大理系でも1~2%、東京大学でも15%程度だ。

 研究志向が強い学生を育てられていることは間違いない。そういう人たちが日本の科学技術向上に貢献してくれれば、かなり成功したと評価されると思う。だが、まだ20年しかたっていないので、ファーストランナーでも38歳。順調にいっても准教授クラスだ。楽しみはこれから。そろそろ開花するはずだ。僕はできれば千葉大にいてほしいと思っているが、他の先生たちは「どこにいても日本に貢献してくれればいい」と言う。心が広い。みんな千葉大に戻そうよ、せっかくだからと言うと、「そんな心の狭いことを言ってはだめだよ」と返される(笑)。

 

高橋 教育の成果は、人づくりに尽きる。ユニークな人をどれだけ育てられたか。研究者だけでなく、起業家、家業を継いだ人ももちろんいる。すでに、相当高い確率でとがった人を輩出したと自負している。

 

――飛び入学した学生は「先進科学コース」で学ぶことになる。教育の態勢を聞きたい。

 

渡辺 ST比※(教員1人当たりの学生比率)は、0.1か0.2だ。学生1人を10人とか5人の先生が指導していることになる。飛び入学以外の学生と同じ授業料でこんなことをしていいの、というぐらいの手厚い教育だ。学びたい学生にとっては、これほど楽しいカリキュラムはない。大学にお金があったら、大学全体を先進にしたいぐらいだ。学びたくない学生にとっては、「もうやめてくれ」だろうが。

 入学直後から「自主ゼミ」用に部屋を与えられて、そこには自分の机がある。1年から3年までがいるので、学年を超えたコミュニケーションを取ることができる。4年生になると、どこかの研究室に所属する。

 いまは大学院でも先進プログラムを始めているから、そこでもどんどん学年を飛ばしていく。2017年度から、学部の先進で学んだ人を大学院でも先進に入れるコースができた。そこに選ばれた学生を集めて、従来の領域とは異なる分野を勉強させる。きめこまかな教育という意味ではロードモデルになっている。

 

※ST比

大学設置基準(文部科学省令)で、専門分野や規模によって何人の教員を配置しなければいけないかを定めている。最もST比が高いのは、法、経済などの社会科学系。1学科しかない法・経済学部の場合、学生800人までなら教員14人、1人の先生が57人を受け持つ計算になる。2学科になると、10人で600人、1人の先生が60人を担当する。最も手厚いのは医学部。収容定員360人の学部の場合、130人の専任教員が必要。

 

――ST比0.1とか0.2? 最も手厚い医学部を超すレベルだ。学生を海外にも送り出しているとか。

 

高橋 3年生以上で海外で研究したい学生を1年間送り出すプログラムを7、8年前に作った。研究した成果を著名な雑誌に投稿する学生も少なくない。

 

 

■高校の反対、親の不安

――「38歳で准教授クラス」と言っていたが、優秀な人は、欧米では教授でもおかしくない。日本の制度と飛び入学、先進的な教育が合っていない、とも言えるだろうか。

 

渡辺 そう、日本の現状と、飛び入学とが全然合っていない。まず入試から。飛び入学・先進科学の希望者が増えない。高校が反対するからだ。飛び入学を希望するのは優秀な生徒だ。高校からしたら「東大進学者○人」といった実績に貢献してほしいから、「千葉大の飛び入学に行かないでくれ」と引き止めているようだ。

 

高橋 しかも、高校にとっては「退学者数」としての記録も残る。

 

――高校の実績か。少子化で高校にとっても生徒募集は死活問題だ。

 

渡辺 学生に聞くと、高校に止められたと言う学生が多い。「中退して千葉大に行くぐらいなら、半年待って東大に行きなさい。東大でなくても旧帝大に行けば」と言われるようだ。いまの受験システムがなくならない限り、飛び抜けた子を高校が送り込んでくれるという風潮にはならない。このシステムはなかなかうまくいかない。

 

――なるほど、いまの受験システムでできた大学の序列化が阻んでいるということか。入口の問題以外にも、難問はあるか。

 

渡辺 まだある。万が一大学を卒業できなかったら「中卒」になる。一定程度の単位を取ったら、高校の卒業証書を出せるようにする方向で、文科省に委員会※が出来たが、まだ審議中だとか。千葉大学にも何度もヒアリングに来たが。

 

※文科省に委員会

飛び入学者に対する「高校卒業程度認定制度」の創設は、2014年12月に出された中央教育審議会答申「子供の発達や学習者の意欲・能力等に応じた柔軟かつ効果的な教育システムの構築について」で提案された。これに基づき、詳細を詰める委員会が設けられ、現在も「作業を進めている」(文科省)という。

 

――本人も保護者も不安だろう。卒業できなければ「中卒」だから。

 

渡辺 例えば、飛び入学で入学し、退学して医学部に行く場合は、高卒認定試験から始めなければいけない。そういう学生が現にいた。もし大学1年が終わった時点で高校卒業資格だけは与えられていたら、高卒認定試験を受ける必要はない。

 

――大学の受け入れ側に問題はないだろうか。

 

渡辺 入学後、ダブルメジャー※を選べないということだ。飛び入学してくる学生は、自然科学を学びながら、文学を専攻してもいいだろう。頭がいいから、時間を持てあます。だからこちらも時間を持てあまさないように、いろいろと取り組むべきことを提示する。文科省には制度を変えてくれと言い続けている。

 とすると、学生数が増えるから、基礎経費も増える。その分、運営費交付金を増やさなければいけない、というしょぼい話になる。「1+1=1」のままでいい、運営費交付金に反映しなくてもいい、と伝えているのだが、実現しない。工学部の学生が同時に文学部の学生になったとなると、両方の定員としてカウントされ、運営費交付金の額に反映される。とどのつまりは金。うちは要らないといっているのだが、他の大学がよこせと言った時の対応で困るのだろうなとは思う。ダブルメジャーなら手間は2倍かかるわけだから、2人分ちょうだい、という大学もあるだろう。

 

※ダブルメジャー(二つの主専攻)

ダブルメジャーには法的な規制はなく、すでに導入している大学もある。これに対し、二つの学位を取得する「ダブルディグリー」は1単位あたりの学習時間(講義形式の科目ならば、1単位あたり授業時間も含めて45時間の学習が必要)の観点から認められていない。

 

 

■導入は10学部中4学部

――千葉大学は全部で10学部だが、飛び入学を受け入れているのはまだ4学部だ。しかも随分時間をかけて、4学部にまで増やしている。

 

渡辺 医学部、薬学部などライセンスにかかわる分野は年齢制限もあり、人間が熟成されていないとできないこともある。看護学部は絶対に、飛び入学はいやだと拒んでいる。人間として様々な経験を積まないと看護師にはなれないから導入しない、と。

 だから、「全学で飛び入学」というスローガンを掲げているが、なかなか進まない。医学部は当初嫌がったものの、京大がやり始めると聞いて雰囲気が変わった。ただ、蓋をあけてみたら実績がゼロなので......。教育学部も入っていない。どこも、人間の成熟という問題がひっかかっているのではないか。

 

――教育の本筋、年齢主義を変えていくための取り組みなのに、教育学部が入っていないのは疑問だった。

 

渡辺 教育学部はしない方がいいのではないかと思っている。修士まで学んだ方がいい。ライセンスにかかわる学部とそうでない学部にわけて、国際教養、法政経と文学部には進めたい。

 

――財務をみると、千葉大学は受託研究、共同研究、寄付金などの外部資金の実績が芳しくない。飛び抜けた取り組みを世間が評価して、何らかの成果が出ているのではないかと考えたのだが。

 

渡辺 それはない。日本にはそもそも寄付の文化がないし、お金になるかどうかという話はこれからだろう。

 

――この制度はとても金がかかっている。これを投資と考えると、当然リターンが必要だ。どんなリターンを考えて設計したのか。

 

渡辺 当時は考えていないし、いまも。大学の先生には、教育は無償の愛と考えている人が多い。先進科学コースの先生が中心になって、千葉大で毎年、高校生理科研究発表会を開いている。どんどん大きくなっていて、今年は1400人が参加した。千葉大ではこれ以上の規模は出来ないから、ある教育産業にスポンサーになってもらい、幕張メッセかどこかでやってもらったらどうかと考えた。その企業はぜひ買いたいといったが、先進科学の先生たちは、「そんなことはやりたくない」と言って、この話は終わった。ビジネスにするという文化がそもそも大学にはない。

 

 

■国立大学が取り組む意義

――卒業生の進路はどのぐらいわかっているか。

 

渡辺 1人、連絡がとれない卒業生がいる程度だ。私自身はこれまでに3人育てたが、どの学生もユニークだった。

 

――飛び入学とその後の教育によって、教員側に変化はないか。

 

渡辺 グルーバル担当として最初にかかわったのが、先進の女子学生だった。無邪気に留学に行きたいというので、彼女の要望にこたえるためにどうしたらいいのか試行錯誤しているうちに、どんどん間口が広がっていった。私の研究室に入ってきて、大学院に行く前から1年留学したいという。「君の好きなところに行かせてやる」と言ったら、フィンランドに行きたい、と。帰国後1年でマスターを終え、また半年留学し、その後にサムソンでデザイナーとして働いていた。その後、ミラノ万博のコンパニオンになり、終わった後にヨーロッパを半年放浪し、いまは結婚し、デザイナーのコンサルタント会社で働いている。

 

――既成の生き方とは異なる選択をできる人が育っているようだ。そもそも入試問題から相当ユニークだ。

 

渡辺 入試が全部こうなっていけば世の中が変わっていく。いまの択一式のセンター入試でいいというのなら、そもそも飛び入学なんて日本には要らない。

 

――理念的には面白いが、広がらないし、他大学でも根付いたようには見えない。

 

高橋 他大学から見学に来た先生方が「ここまでエネルギーを使わないとダメなのか」と話している。

渡辺 たぶん私立大学では難しい。国立でもある程度、規模が大きくないと無理だろう。学生が1人に対し、先進科学の先生と学部の先生が最低でも5人はいつも見ている。先進科学の学生だけは、いつでも出欠が把握されている。頭のいい子ほど「不正解」と言われると行き詰まる。だから大変だ。

 

――この制度は国立大学法人化前から始まっていた。法人化は誤算だったのではないか。

 

渡辺 その後も予算がついているから、それほどには感じない。ただ、昔に比べるとお金は減っている。

 

――国立大学が飛び入学を導入する意味はあるのか。

 

渡辺 ある。多様な能力を持つ人を入学させ、育てていくというのは国立だからこそできる。私立では出来ないだろう。

 いまの日本に必要なのはユニークな人。その芽を刈り取らないようにするための飛び入学・先進コースだ。ある年、全く口をきかない子が入ったので、学生生活をやっていけるのだろうかと、担当する物理の先生に聞いたことがあった。「とんでもない。物理のセンスがすばらしいんだ。ピカイチだ」。門外漢にはわからなかったが、全く発想が違う学生だったらしい。こういう人たちが、日本の未来を変えられる。

 

――多様性のある人間を輩出することが、日本の生き残りに必要と言うことか。

 

渡辺 そうだ。飛び入学・先進はやめない方がいい。他の大学は無理でも、うちは続けていく。

 

――飛び入学・先進科学自体が、時代よりも一歩進んでいる存在ということか。

 

渡辺 最近は、高大接続を意識し、高校とさまざまな取り組みをしている。貴重な税金を使って、未来を変える教育システムとはどういうものかを模索し、実現している。

 これを大きくするには、入試システムを変えることだ。飛び入学に応募するには、20年前から自己アピールを求めている。ようやく入試で始まったところだ。そんなことにガタガタ文句を言う高校の先生って、いったい何なのか。

 

高橋 国だから、国立大学だから出来る。私立は経営を考えるだろうが、そんなことを超えたところで研究を愛する学生を育てるところにお金を注いでくれるのは、国しかないのだ。

 

難しいからこそ、挑戦したくなる 〜卒業生の立場から

大木健氏(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)

 

――飛び入学をどう評価しているか。

 

大木 飛び入学は特別な選択肢ではない。多様なオプションの一つにすぎない。子どもの頃からロボットや恐竜に興味があり、いろんなロボットを作ってきた。高校での学びには限界があるので、早く大学で本格的な研究がしたかったのだ。千葉大はやりたいことをやらせてくれた。

 いま、相当無茶なコンペに挑んでいる。「Shell Ocean Discovery XPRIZE」という。深さ4000メートル、広さ500㎢の海底を24時間以内に探査し、従来よりも20倍も詳しい海底地図を作成するのが課題だ。これまで誰もできなかった。海中ロボットは、人が歩く程度のスピードでしか移動できないし。

 では、本当にそんなことができるのか? 普通はそう思う。でも難しいからこそ、挑戦したくなる。なんとか知恵を絞って、みんなを驚かせてみたくなるのだ。大学や企業などに協力を頼み、30人のチームを作った。賞金は8億円。正直にいうと、割が合う金額ではないが、これが達成できれば、海底探査に全く新しい地平が開ける。人間が船上ではなく地上で操作するだけで、海底地図が作れる。それは私にとっても大切なことだ。船酔いするので(笑)。

 飛び入学を勧めるか? 人による。明確な目標や興味がないと続かない。

 高3の受験勉強も大事だとは思う。でも、受験生なら公式を丸暗記するところを、飛び入学だと原理から学んでいく。受験を経験していないから何かが欠落している、とまでは言えないだろう。

 

大木健 1986年大阪生まれ。公立小中学校を卒業後、大阪明星学園高等部2年で千葉大学に飛び入学。博士(工学)。

 

●学生コメント

 「毎日が楽しい」というのは、物理を専攻する同大2年の男子学生(19)。早く研究者になりたいと、中学生の頃から飛び入学を目指したという。その一方で、「人生設計を間違えた」と振り返る男子学生(21)もいる。「やる気がなくなり、気づいたら留年していた」。そんな学生の共通の不満は「単位が多すぎることだ」という。通常は124単位のところ、138〜144単位の取得が求められている。

自主ゼミ室で数学の問題を一緒に考える学生。
学生と先生が1対1。ぜいたくな授業だ。

 


おわりに

 時代遅れ、世界を見ていない――。国立大学に対する声は、相変わらず厳しい。かといって先進的な取り組みをすれば、今度は社会とかみ合わない。志願者は伸び悩み、早く卒業しても、その分早く研究者としての地位が確立するわけでもないのだ。日本社会に根付く年齢至上主義の壁は厚い。

 年齢ではなく身につけた力で、教育機関なら学年を、企業なら社員の地位や待遇を決めるようになったら、日本はどんな国になるのだろう。閉塞感の漂う社会は、どう変わるのだろう。そう考えることが最近、しばしばある。頼みの綱となる高大接続改革もたたらを踏んでいて急激な進展は望めそうもないだけに、「難しいからこそ挑戦したくなる」という大木氏の言葉には、光明を感じる。(奈) 


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(2018年12月14日 17:45)
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