海外で学ぶ・リレーエッセー[最終回]どのように、自ら学びを創り出すか

バンクーバーキャンパスにて。バンクーバーの冬はほぼ曇りで、晴れた日の夕方が美しい

甲陽学院高等学校卒、ブリティッシュコロンビア大学(UBC、カナダ)3年(2022年3月現在)

高島 崇輔 さん

Takashima Shusuke

 

「上から目線」のキーパーにあ然

 前半だけで5失点。この絶望的な状況に、苛立ちを隠しきれなかった。

 2019年11月夜9時過ぎ。カナダ西部の都市、ケロウナは気温が0℃を下回り、ピッチにはうっすらと雪が積もっている。大学のサッカー・トーナメントに出場していた我がチームは、暫定1位の強敵相手にコテンパンにやられていた。だが、心をざわつかせた本当の理由は、メキシコ出身の味方ゴールキーパーにあった。

 「俺がキーパーだ」と立候補したのに、シュートがゴールに突き刺さってから動き始める。あまりにも下手なのだ。彼が失点を喫するたびに、私のため息は白くけむり、チームもとげとげしい空気に覆われた。

 

 ハーフタイム。立て直しに向けてイレブンが集まると、かのキーパーから "トンデモ発言" が飛び出した。

 「お前らはよく頑張っている! 調子がいいから後半も続けてがんばれよ!」

 「正気なのか????」。手を叩きながら我々を鼓舞する姿に、私は耳を疑った。

 しかも、「ここの動きを改善した方がいい」などとご丁寧にアドバイスまでくれる。な、なんなんだ、こいつは!

 カチンときて「お前はゴール前の立ち位置が悪い」と詰め寄ると、「おお、ありがとう! 俺も直すから、お前も動き出しを直せよ」。悪びれる様子はなく、あ然とするしかない。

 

 ところが、だ。

 そのトンデモ発言に触発されたように、皆が意見を出しはじめた。

 「もっとサイドから攻めてみよう」

 「ボールを奪った瞬間に俺を見てくれ」

 メキシコ、アルゼンチン、それに日本。我が多国籍チームは後半、全員が理解できる英語でコミュニケーションをとるようになった。

 サッカーは連携のスポーツだ。パスが回り始め、立て続けに2得点。キーパーもシュートを止めるようになった。

 

 結局、4対6で負けたが、大切なことを学んだ気がした。

 それは、「思ったことを相手に伝える」というごく初歩的なことだ。些細な行動だが、これが自ら学びを創造する大きな原動力になっている。

 「下手なやつは意見する立場にない」。

 こう、中学の部活時代から考えていた。

 しかし、そうすることで学びの機会を手放してはいないだろうか。

 批判を恐れ、発言を控える自分。かたや、発言によって己の至らなさを引き出し、学んでいくゴールキーパー。

 彼の積極的な姿勢は、UBC創設以来のモットー、 "Tuum Est"(テューム・エスト)に通じる気がした。

サッカーのチームメイトとオカナガン湖にて。彼とは今も同じチームでプレーする仲間

 

「オレは、この大学を離れないといけない」

 "Tuum Est"

 あなたは、このラテン語を聞いたことがあるだろうか?

 英語で言うならば "It is yours" 。「ここはあなた次第の場所」という意味だが、私は「自ら学びを創り出せ」だと解釈している。この大学で学ぶ日々も残り1年となった今、入学前の自分を振り返ってみたい。

 

 3年前、私は関東の某国立大学の1年生だった。

 「親の所得と子どもの学力の関係」に興味を持ち、経済学でならば学べるだろうと思っていた。真剣に選んだ進路だったが、どこか満ち足りていない。

 漫然とマクロ経済の講義を受け、試験前になると友人たちと過去問集めに励んだ。「4年間なんてあっという間だよー」と笑うサークルの先輩に対しては、「らしいすね〜」と相槌を打つ。毎日が気楽で楽しいのだが、毎日が不完全燃焼だった。

 そして、ある日、強烈な思いが突き上げてきた。

 「オレは、この大学から離れないといけない」

 

 転機は6月、米国の大学を休学していた兄の訪問だった。

 「元気にやってるか〜」。そんな軽いノリで遊びに来てくれたのだが、夜ご飯を食べながら学生生活への不満を明かすと、こう言われた。「海外の大学に編入したら?」

 

 「ありえない(笑)」

 最初はそう思った。

 ただ、話を聞くと、海外の大学には自分の求める環境がある。入学後に専攻を決められる制度や、講義ごとに出されるエキサイティングな課題。たまたまイベントで出会った海外大学の学生たちが、専攻する学問について熱く語る情熱も羨ましかった。

 

 そうして、夕暮れが肌寒くなりはじめた10月、大阪の実家へ帰った。海外への挑戦を始めるためだ。もう、この大学には戻らない、引っ越しのトラックを見送りながら心に決めていた。

 

UBCとの出会い

 実家に戻り、受験勉強に明け暮れていたある日、心理学に強い大学としてUBCの存在を知った。詳しく調べると、3年生からコースが4つに分かれ、より専門的に心理学を学べるという。入学後も自由に選べる2つのキャンパスや、充実した留学制度もある。まさに、自ら学びをデザインできる大学なのだ。

 

 20近い海外の大学を受験し、UBCに合格。私は1年生をケロウナにあるオカナガンキャンパス、2、3年生をバンクーバーキャンパスで過ごした。

 前者は自然豊かな渓谷に築かれ、小さなキャンパスで教授との距離が近い。後者は、東京ドーム86個分もの敷地に13の図書館、20以上のカフェがあり常に人で賑わっている。私はこの魅力的な地で心理学を専攻し、大学教育を副専攻で選択している。

 

 学生の多様性も見過ごせない。

 特によく話したのが、昨年心理学を一緒に受けていたクラスメートだ。

 カナダ人の友人は、アイスホッケーのアスリートでスポーツ心理学が専門。アスリートの精神ケアに携わりたいと話していた。

 ウクライナ出身の友人とは授業後一緒にバスで帰る仲になった。哲学専攻の彼女は神経科学のラボに所属し、人間の思考を研究していた。私がヨーロッパ留学を考えていると伝えると、「ウクライナは情勢が不安定だからやめたほうがいいよ」と笑っていた。

 その彼女とは、ロシアによる侵攻が始まってから話せていない。今学期から違う講義を取るようになったからだ。家族はウクライナに住んでいるようで、一刻も早い平和を願っている。

大学内のお気に入りのカフェにて。屋内はマスクの着用が義務付けられている、今の大学の光景

 

分かった「つもり」だった心理学

 UBCの魅力が詰まった講義として紹介したいのは、3年生で受講したエリザベス・ダン教授の社会心理学だ。教授はハーバード大学で学士を取得し、世界的な講演会「TED」のスピーカーとしても著名な学者。面白いのは、教授が課す課題だ。レクチャーごとのテーマに沿って、一人ひとりが心理学の実験をデザインする。成績として評価されるので、みんな真剣だ。私はその課題に発想を得て、ある授業を自主制作することにした。

 

 その授業のテーマはヒューリスティック。日本の高校生30人を対象にした、60分のオンライン授業だ。

 ヒューリスティックとは、人が意思決定をする際、脳内で起こる思考と分析のショートカットのこと。経験則や先入観によって素早く、効率良く、ある程度の正確性を持った判断を導き出せるメリットがある。その一方、論理的でないため答えが必ずしも正しいとは限らないというデメリットもある。

 そんなヒューリスティックは、私たちの日常でもビジネスやマーケティングの分野で活用されている。例えばTVCM。同じ商品を繰り返し広告することで消費者の記憶にインプットし、買い物に行った際にその商品を思い出しやすくさせている。

 

 制作したオンライン授業では、このヒューリスティックを体験できるような設問を作り、心理学を身近な存在と捉えてもらうことを目的とした。

 具体的には、腹痛について綴った私の日記を読んでもらい、複数の選択肢の中から腹痛の原因を選んでもらう、という内容だ。高校生たちは、「過去に自分が体験した腹痛の原因と似ているもの」を直感的に選ぶだろうと思った。

 ところが、教授に相談するとこうダメ出しを受けた。「日記の言葉づかいやエピソードの順番一つで、生徒たちの判断に影響を与えてしまう」

 

 私は深く考えず日記という題材を選んだが、文章が与える影響について無自覚だった。「経験則から判断した」からといって、ヒューリスティックによる判断だとすぐに結論づけられないのだ。

 

 この実験案はボツとなったが、痛感したことがある。それは、人の心理がいかに複雑に構成されているかということ。

 そして、そんな複雑性を分析して解明するには、丁寧な眼差しが必要だと分かった。それによって、行動を促す一つ一つの要素を見極めることができる。こうした学びは、そもそも授業制作に挑戦しなければ得られなかった。つまり、学びを他者に伝えようとしたことで、新たな学びを得ることができたのだ。

専攻している心理学の建物にて。実はここで心理学の授業を受けたことがない

 

日本の高校生に学びが伝わった瞬間

 結局、オンライン授業はヒューリスティックを考える別の設問を使って行った。

 私は高校生たちに、こう問いかけた。

 「毎日、新生児200人が生まれる大病院Aと、30人が生まれる小病院Bがあります。1年間で、1日に生まれる新生児の6割以上が男の子だった日はどちらが多いと思いますか?」

 

 男女の割合は半々というイメージから、AとBともに同じ割合だと考えがちだ。実際、高校生の約半数は「どちらも同じ」と答えたが、正解は小病院B。サンプル数が少ないほど極端な割合になりやすいので、「小病院のほうが多い」というのが正解だ。

 正解発表後、この問の隠れたテーマであるヒューリスティックについて、種明かしと解説をした。「割合だから、病院の大きさは関係ないと思ったのに」と悔しがる高校生もいて、授業は大いに盛り上がった。

 

 授業後、こんな感想が高校生から届いた。

 「心理学は、自分の感情や行動がどのような要素の影響を受けて変化していくのかを紐解いていく学問だと感じた」

 

 これはまさに、私がオンライン授業を作る中で学んだことだ。インターネットを通じ、遠く離れた高校生に学びが伝わったと感じた瞬間で、とても嬉しかった。

 

次の学びはノルウェーで

 UBCは世界50か国以上、300を超える大学と提携している。私もそんな「充実した留学制度」に惹かれて入学を決めたうちの1人で、今年の9月からノルウェーのオスロ大学に留学する予定だ。

 オスロ大学の魅力は、「多様性を活かした教育」を学べるところだ。

 この北欧の国は、大学教育を公益性の高いものと位置づけており、留学生も学費は無料。さまざまなバックグラウンドや年齢の学生が世界中から集まり、同じクラスルームで学んでいる。そんな学生相手に、どう学びの場を創っているのか。新天地での未来に、ワクワクしている。

 

 UBCでの学びは、ゴールキーパーとの出会いから始まった。

 振り返ってみると、学びの出発点はいつも自分にあった。日本の大学を離れると決めたこと、キーパーにカチンと来て詰め寄ったこと、そして、ダン教授に心理学の授業を相談したこと。その全てが血となり肉となり、私をオスロへと誘っていく。

 他者と関わり、自ら学びを創り出すこと。

 これはUBCが私にくれた最大の気づきであり、これからの私の学びを支える原動力だ。

 "Tuum Est" の精神は、私の中に息づいている。

1年生のときから寮ぐらしをしたことがなく、おかげで料理が上手くなった。右下はルームメイトとの1枚。一緒に住むまでほぼ接点がなかったが、今では毎日夜ご飯を一緒に作って一緒に食べるようになった(写真はいずれも本人提供)

ブリティッシュコロンビア大学

カナダの総合研究大学。1908年、モントリオールにあるMcGill Universityの分校として設立され、1915年に独立。学部生は55,000人を超え、学生の約25%は留学生。6,000人を超える教授が、250以上の質の高いプログラムを展開する。また、地球環境への意識も高く、カナダの大学として最初にサステイナビリティーに関する方針を打ち出した。

読者のみなさま

 2014年11月から連載してきましたリレーエッセーは、80回の節目でバトンを置くこととなりました。これまでご愛読いただき、本当にありがとうございました。

 連載開始当初、「海外大学進学」はマイナーな選択肢でした。しかし、エッセイを重ねるにつれて徐々に広がり、今では、私たちが行う留学応援の企画に全国から中高生が集まるようになりました。

 7年前とは海外大学進学を目指す環境は変わりましたが、異国の地で研鑽を積む学生たちの主体的な学びの姿勢は変わりません。80篇のエッセイそれぞれに、80名の主体的な学びの過程が刻み込まれています。

 ぜひこれを機に、興味の惹かれたタイトルをもう一度手に取り、ご覧いただけますと幸いです。

 

2022年3月

留学フェローシップ理事長、ハーバード大学4年

髙島崚輔

[79]<< 一覧

海外留学を目指す高校生に進学支援を行っているNPO法人「留学フェローシップ」のメンバーが、海外のキャンパスライフについてのエッセーをつづってきました。留学フェローシップの詳細は>>ウェブサイトへ。

(2022年3月23日 10:35)
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