海外で学ぶ・リレーエッセー[79]もう、タイトル探しはしない

2021年、コロナが落ち着いていた時はハワイへ(=写真右)

芝浦工業大学柏高等学校卒、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校4年 観光学部〈ホスピタリティマネジメント〉(2022年1月現在)

林 真央 さん

Hayashi Mao

 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に編入したのは、新型コロナウイルス感染症が蔓延した2020年8月。観光学をアメリカで学び、キャビンアテンダントになろうと渡米したのに、その採用はしばらくなくなると発表された。夢が途絶えた気分になった。

 それでも、今の私はかつてないほど心が自由だ。このエッセーを書きながら、その理由を紐解きたい。

 

 「真央さんはどうして海外の大学を目指されたんですか?」

 3年前、母校の後輩から聞かれた際、うまく答えられなかった。だが、今の私には分かる。観光学の勉強という現実的な目標はもちろんのこと、他人の理想を追ってしまう自分から解放されたかったのだ。

 

望まない中学受験にのめりこみ 円形脱毛症

 振り返れば、小学生の時から「クラスで何番目」「県で何番目」「全国で何番目」というタイトルや肩書きを追い求めてきた。きっかけは中学受験だ。そもそも受験なんてしたくなかったが、そうは言い出せず、競争が私を変えてしまった。

 

 「いい成績を取れば喜ばれる」と周囲の期待に応えようとし、周りと比べられる環境に馴染んでいった。偏差値の高い学校に合格して「両親に気に入れられる娘」を実現するため、この「何番目」というタイト探しにのめり込んだ。でも、身体は正直。自分の望まないことをしたため円形脱毛症になった。

 

 「他人から見た自分」を気にする癖は本当にやっかいだ。"十円はげ" ができたというのに、その癖は中学生になっても治らなかった。

 当事の私はぽっちゃり体形で、外見を囃し立てるのは華奢で可愛い女の子と決まっていた。悔しかった。

 周りの声を気にしなければ済むのだと頭の中では分かっていたけれど、あの癖は私をダイエットに走らせた。

 みんなに好かれたい一心で食事を削り、半年間で20キロも痩せた。でも、急激な体重変化が良いわけがない。拒食症になったあげく20キロ以上リバウンドし、再び「太っている」というレッテルを貼られてしまった。

 

 生きている意味がわからなくなった。

 他人の理想を追って生きてしまう自分にも飽き飽きした。

 そんな高校1年のとき、キャビンアテンダントという仕事に出会った。その仕事に就く方法を調べるなかで見つけたのが観光学という学問。一目で惹かれ、「いっそのこと観光学が盛んなアメリカに行こう」――。留学の準備を始めた。

 

 アメリカの4年制大学にストレートで進学するのは簡単ではない。私の場合、まず、市民大学であるコミュニティカレッジに入学し、4年制大学への編入を目指した。カレッジでもキャビンアテンダントと観光学のクラスを取り、仕事に就くための努力は怠らなかった。そして、念願の編入がかなった、と思ったら世界はコロナ禍に覆われてしまった。

近所のスターバックス。よく朝から勉強をするお気に入りの場所

 

開き直ったら "別世界" が見えた

 私の大学然り、多くのアメリカの大学は頑張る学生を驚くほど手厚くサポートする。2020年の夏、カリフォルニア州のコロナ感染者が累計で30万人を超えても、それは変わらなかった。

 例えば、「質問があります」と観光学の教授に聞くと、個別のオンライン・ミーティングを毎週のように開いてくれた。

 進路指導では、教授のフットワークには目を見張った。「キャビンアテンダントになりたいのに航空業界の採用は縮小する一方。何をしたら良いのかが分からない⋯⋯」。私の葛藤を知ると、ホテル業界で働く知人の紹介やOBOG訪問をセッティング、観光学専攻の学生が集まる学内クラブまで勧めてくれた。「人とのつながり」作りが特に難しかった当時、教授の勧めで入ったクラブは私の人脈と視野を大きく広げてくれた。

 

 もう失うものはない。興味のあること、今できることを全てやってみようと、前を向いた。自ら探して入った学内ボランティアクラブでは、ファンドレイジングにトライ。仲間とともに同じ目標に向かって努力をする大切さを学んだ。

 

 観光学のクラスメイトとも積極的に話すようにした。若い学生ばかりではなく、第二の人生のために入学した60代もいたし、私のような留学生も多い。年齢や出身に関係なく、努力を惜しまず、楽しみながら学ぶ仲間ばかりだった。

 

 「将来、自分のレストランをオープンしたい」

 「有名なイベントプランナーになりたい」

 講義後や休み時間中に彼らと話すと、一人ひとりが目標を持っていることが分かった。キャビンアテンダントという夢がかき消されてしまった私に、彼らは多くのアドバイスをくれた。中でも妊娠中の女性の言葉が印象に残っている。

 お腹に赤ちゃんがいるのに大学で学び直すなんて考えてもいなかったという彼女は、こう語ってくれた。「焦らないで。異国で頑張っているだけでも、凄いこと。人には転機というものがあって、誰もが同じタイミングで夢が見つかるわけじゃない。だから、みんな懸命に夢を探すの。壁にぶつかったら、私たちとシェアして、どう克服するかを考えればいい。努力を怠らなければ、自分がやりたいことは見つかるはず。真央、今のままで大丈夫だよ」

 

 日本では、夢を話すなんて小っ恥ずかしかったし、夢が叶わなかったらどうしようという恐怖心があった。それが、どうだ。ここカリフォルニアでクラスメイトたちと過ごすうちに、私の世界は日を追うがことに広がり、将来を真剣に考えられるようになっていた。

2019年、メキシコ・カンクンで

 

コロナ禍でもコツコツ前へ

 2021年秋のセメスター。久しぶりに対面講義が再開され、より深いアクティビティが可能になった。

 例えば、この秋に学んだのは実践的なバー経営だ。机上ではあるけれど、講義上の目標は自分たちのバーのオープンなので全員が真剣。私はクラスメイトとともに大学近くのバー2軒に足を運び、フィールドワークを行うところから全てが始まった。バーに行ったことがなかったため、もう視界に入る全てが新鮮! ワインなどお酒が並ぶ棚から内装、メニューの種類、店の雰囲気が異なり、値段設定が少しずつ異なるのも面白かった。

 メニュー、立地、マーケティング。考慮すべきファクターは多く、講師にはレストラン経営経験のある教授や現役のバー経営者を招いた。

 

 生の声を聞きながら戦略を立てていく中で、私は日本にある「釣り堀レストラン」からヒントを得て「釣り堀バー」を提案した。教授のお墨付きをもらい、かくして日本文化をアメリカの人々に楽しんでもらうという挑戦、試行錯誤が始まった。

 

ビールテイスティングの講義。実際、バー経営者がゲストスピーカーとしてクラスを訪れ、細かく教えてくれた

 

 バーの在り方を議論する過程で、たくさんの壁にぶつかった。客層のターゲット設定ではデータ収集に苦労し、細かい出費計算も大変だった。それ以上に、メンバー3人にはアルバイトや他の講義があり、話し合いの時間の確保に四苦八苦した。担当を決め、分業をしながら、一緒に話せる時はアイデアのすり合わせ。何とか最終日のプレゼンテーションを迎えることができた。

 

 ・目の前の水槽から釣った魚介を、その場で調理

 ・魚料理に舌鼓をうち、お酒も楽しむ

 

 経営形態は日本の釣り堀レストランと同じだが、「体験型」を全面に推したプレゼンテーションには「アメリカで見たことがない」「手軽に友達と釣りをできるのは楽しそう」という声が上がり、手ごたえを感じた。

 他のチームも「妖精の住む世界をコンセプトにしたバー」など独創的なアイデアを打ち出していて、とても面白かった。その中で、私たちの企画がクラス内投票で「行ってみたいバーNO.1」に選ばれた。本当に嬉しかった。

 軽い気持ちで受講したのだが、魅力的なクラスだった。同時に、中学受験からずっと追い求めてきた「タイトル探し」が、いかに些細なことなのかにも気づかされた。

 

 ・キャビンアテンダントという響きがかっこいい

 ・海外の大学に通うって、他の人と違っている

 

 正直に告白すると、留学を決心したときも上記のように「他人から見た自分」を意識していた。留学から得られるであろう個性を求めていたのだと思う。だが、多様な価値観を持つ人々が集まるアメリカ、そしてロングビーチ校という国際色豊かな環境で学ぶことによって発見があった。つまり、個性は追い求めるものではなく、経験から自ずと身につくのだということ。だからこそ挑戦し続けることが大切だと感じた。他人の目など気にしている余裕、時間はない。「他人から見える自分」を考える必要なんてない、ないということだ。

 

昨年の誕生日、友人にお祝いしてもらった(写真はいずれも本人提供)

 

 留学も4年が経ち、自分の専攻分野について多くを学んだ。自らを深く見つめ直し、将来を考える素敵な経験ができたと思う。

 もっと多くの価値観に触れ、人々の将来に携わり、自らの世界を広げたい。そんな思いから、将来は人事の仕事に就きたいと考えている。私に合っていると心の底から思える目標に向かって、今、私はコロナ禍のアメリカを生きている。

 

 大学卒業まで約半年。これからどんな発見があるのか、自分がどう成長できるのか。楽しみで仕方ない。

 

カリフォルニア州立大学ロングビーチ校

略称CSULB。 学生数3万2000人は全米19番目にランクされるマンモス校で、南端の駐車場から北端の図書館まで歩くと3000人とすれ違うとも言われる。卒業生にはスティーブン・スピルバーグも。

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海外留学を目指す高校生に進学支援を行っているNPO法人「留学フェローシップ」のメンバーが、海外のキャンパスライフをリレー連載します。留学フェローシップの詳細は>>ウェブサイトへ。

(2022年2月14日 10:16)
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