沼田 晶弘
■「悔しさ」という成長
他の学年は、不思議でしょうがなかったでしょう。「あのクラス、優勝したのに何であんなに泣いてんだろう?」
子どもたちは、クラス席に戻ってもずっと嗚咽しています。第1レースで転倒したアンカーの男の子は、顔を伏せて椅子にうずくまったまま動きません。クラスメートたちが、やはり泣きながらその子の背中をさすっていました。
運動会はまだ始まったばかりでしたが、結局その日一日、子どもたちもボクも、リレーのショックから立ち直れないまま、閉会式まで過ごしました。
運動会の後、ボクと子どもたちは校庭から教室に戻りました。まだしおれている子どもたちに向かって、ボクは言いました。
「――おめでとう」
子どもたちはきょとんとしています。
「悔しいよな。その悔しさを感じられるところまで、みんなは来たんだねってことだよ」
本当に努力して頑張った者にしか、本当の悔し涙は流せない。彼らが3年生の時から、ボクがずっと言ってきたことです。
きょう、子どもたちが流した悔し涙は紛れもなく本物でした。彼らは、他チームの失格で転がり込んだ勝利なんて、ちっともうれしくなかった。圧倒的に、自分たちの力で勝ちたかった。「自分がもっと練習していれば」「速く走れていれば」と、誰もが自分を責めています。誰も人のせいにしない。
みんな、成長したんだなあ......と、しみじみ思いました。
■保護者に頭を下げたボク
ボクは知っています。第1レースの結果でかなりパニクったけれど、第2レースでは懸命に立て直して、みんな最善を尽くしたことを。両方ともアンカーを走ったエースの男の子は、第2レースでは事故のないよう、先頭でバトンを受け取ると、細心の注意を払って走っていました。みんな、やるべき仕事をきっちりこなした。その上で"負けた"のは、カントクであるボクの責任です。
だから、リレーが終わった後、ボクは保護者たちにむかって「すみませんでした!」と頭を下げたのです。母親の一人はこう言ってくれました。
「子どもたち、一番いい経験をしたと思う。運動会のリレーでコレだけ真剣になって、コレだけ泣けるなんて、うらやましい」
転倒したアンカーの男の子に、ボクはこう言いました。
「ようこそ、アンカーの世界へ」
みんなが必死につないできたバトンを、最後に託されるのはアンカー。抜かれたらもう後はない。誰もリカバリーしてくれない。その重い責任を背負って、アンカーは走らなければならないのです。彼は、その栄光ある入口に立ったのでした。
彼はその後、「来年はもっと速くなる!」と言って、練習を再開したそうです。
ゼッケン回収では、保護者のみなさんも手伝ってくれました |
■神様が許してくれるなら
あれから約2か月がたちますが、あんなにつらく、苦しい思いをしたリレーは、ボクにとっても11年間で初めての経験でした。
ボクはまだ時々考えることがあります。
――あの時のボクの選択は、正しかったのだろうか。
レース直前、子どもたちがガチガチになっていると知った時、ボクは彼らの緊張を解くことができたかもしれない。でも、あえてそうしなかった。その方が、教育的にも、子どもたちのためになると考えたからです。
しかし、あのレース展開は予想外だったし、その後の彼らの泣きっぷりにも胸が痛みました。プレッシャーを解いてあげて、優勝して、子どもたちと一緒に喜んだほうがよかったのだろうか......。
もし神様が許してくれるなら、もう一度レースをやらせてあげたいくらいです。でも、その時に、ボクがどちらの道を選ぶかというと......。
やっぱり、同じ道を選んで、同じことを言うんだろうなぁ。プレッシャーを取っても勝てるかどうかはわからないし、あの子たちなら、プレッシャーの中でも、次は勝つかもしれないと思うからです。
3SWプロジェクト達成! しかし三つ目の星の縁取りは...... |
■勝つよりも価値あること
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。まさにこの言葉を地で行く経験を、あの子たちは運動会で味わったことになります。しかも両方一度に!
「3SW」プロジェクトは、運動会リレーでの優勝により達成となりました。子どもたちは、プロジェクトシートに三つ目の星を描き入れましたが、他の二つと違って、黄色の星に、金の縁取りをつけませんでした。そのことに、彼らの思いが表れています。
でも、ボクにはその星がいっそう輝いて見えるのです。勝ち負けの先にあるものを見て、子どもたちはただ勝つよりも大きく成長した。その証しだと思うからです。
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