中央教育審議会(中教審、安西祐一郎会長)は2014年12月、大学入試センター試験を廃止し、知識の活用力や思考力・判断力・表現力などを総合的に評価する新テスト導入を求める答申をまとめ、下村文部科学相に答申しました。現在の小学校6年生が高校3年生になる20年度には始まる計画です。1979年に共通1次試験が導入されて以来の大改革に、いまなぜ踏み切らなくてはならないのか、安西会長に聞きました。(聞き手 読売新聞 松本美奈)
■なぜいま入試改革か
――高校はこの話題で持ちきりです。なぜいま入試改革なのか、まずそこからお願いします。
安西 これまでの入試改革とは全く次元の異なる改革になるでしょう。しかも、単なる入学者選抜の改革ではありません。目指しているのは、新しい時代にふさわしい高校教育、大学教育、その間をつなぐ大学入学者選抜の一体的な改革です。
――新しい時代......。どんな時代を想定しているのですか。
安西 世界は急速にグローバル化しています。海外と国内の境目がなくなるということです。しかも多極化しています。日・米・中国、アジア、ロシア、ヨーロッパ、アフリカなど、政治的にも経済的にも複雑になった世界が、ダイレクトに日本に影響をもたらす時代です。
国内では生産年齢人口がますます減少していくでしょう。2015年からの15年間で900万人以上減ります。地方の活性化を担う人材の育成も急務です。今直ちに教育改革に取りかからなければ、世界の急速な変化に対応することはできません。それは何よりも教育を受ける若い人たちの人生、そして日本の将来に禍根を残すと危機感を抱いています。
■主体性を持って多様な人々と協働できる力
――新しい時代に生きる人たちに、どのような力が必要になるのでしょうか。
安西 「豊かな人間性」「健康・体力」「確かな学力」を総合した「生きる力」であることは、これまでと変わりありません。
「学力」について、日本では学校教育法で、「基礎的な知識および技能」「これらを活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」「主体的に学習に取り組む態度」という3要素で構成するとしています。ただし、「主体的に学習に取り組む態度」の内容について、とくに社会との接点を多くもつべき高校では「主体性を持って多様な人々と協働する力」とみなしていくべきです。
3要素のうち最も大切なのは、主体性です。主体性とは自分自身で目標を見つけ、その達成に向けて実践を重ねていくことです。世帯の所得、地域、性、障害、年齢、その他、多様な背景をもった少年少女の1人ひとりが、主体性をもって学び、自分の目標を実現できるような学習環境を創っていく、これは大人の責任です。
――答申では、大学入試が知識の暗記・再生に偏り、思考力・判断力・表現力など「真の学力」を十分に評価していないと指摘しています。
安西 今までのような受け身の教育から、多様な人々と向き合って、自ら学び取っていく能動的な学習へ、教育の方法や環境を抜本的に変えていかなくてはなりません。その鍵を握るのが、高大接続、特に大学入学者選抜にあるのです。
――高校と大学に問題があるという認識ですね。
安西 そうです。日本の義務教育のレベルは世界に誇れるレベルです。全国多くの小中学校で、知識・技能の習得や、活用力の育成、探求学習の奨励などで、好奇心に目を輝かせた子どもたちが育っています。
問題は小中学校段階での充実が、高校や大学につながっていないことです。
1990年代はじめに18歳人口と高校卒業者数が減少に転じ、同時に高校を卒業して就職する人も減少して、大学進学率が急上昇しました。その結果、教育目標を大学入試に向ける高校が、かつての難関進学高校に限らず増えていきました。
――確かにそうです。少子化の中での生き残りをかけ、「進学実績」を掲げる高校が急増しました。
安西 大学は学生数確保のため、多様な入り口を設けました。知識・技能や活用力を十分習得していない学生も入学させて定員を確保しようとしたために、多くの高校生が入試に向けた勉強をしなくても進学できるようになったのです。高校側が「大学入試」という学習させる目標を見失ってしまったのです。その一方で、大学入試を目標にする進学校から選抜性の高い大学に入学した大学生のすべてが、知識の量はあってまとめ方は上手でも、人を動かしてゼロから物事を立ち上げる力を持っているとは限らない、そういう力を持たない学生は、知識があってもグローバル社会ではリーダーシップを取れないのです。
大学のほうも、多様な入り口は設けたけれど、その入り口にふさわしい教育の中身を整えてきたとはとてもいえません。選抜性の低い大学は高校レベルの知識や技能を教えるだけで精いっぱい、高い大学も主体性をもって多様な人々と協働する力を世界の一流大学の水準で学生に磨かせているかといえば、少なくともこれまではそうではなかった。
■「新たな公平性」を実現
――高校進学率は98%、大学進学率は50%超と進学率は上がったけれども、教育にはそれぞれ問題があり、しかもきちんとつながっていないということですね。
安西 その一方で、家庭環境や所得格差、地域差、障害などを背負った子どもたちが、その状況を高校・大学段階にまでひきずってしまうのです。どんなに学びたい意欲と学力があっても、本人の責任ではない事情で大学進学を選べない子どもが現実にいるのです。こうした課題の根本には、大学入試の現状が横たわっていると痛感します。
――つまり、いまの大学入試は、公平性という観点から問題があるということですね。
安西 答申では、個別大学の入試で面接や集団討論、高校の調査書、個々の応募者の活動経歴、それに「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の成績などを総合した、多角的な評価を求めています。これに対し、それでは公平性を担保できないと懸念する声が寄せられています。こうした意見の「公平性」とは、基本的に「答えが1つないし複数確定している問題を出題し、その際の採点結果によって入学者を決めれば公平性を確保できる」というものです。
しかし、こうした問題を解く入学希望者の側には、すでに所得や地域、障害の有無、その他に大きな違いが存在しているのです。「一回の筆記試験こそ公平」という感覚は、大学教育と高校教育を変えずに大学入試制度を社会に根付かせてきた経緯から生まれたのではないでしょうか。
高大接続で実現したい公平性とは、学習者の持つ多様な背景や要因にかかわらず、学習の機会が長期的に公平に提供されるという意味での公平性です。その時点での点数の多寡ではなく、貧困な家庭に生まれても、どの地域に育っても、能力を伸ばして自分の目標を達成していく機会を持てる公平性を、国は担保しなければならないのです。
大学入試改革の流れ
各大学が個別に入学者選抜 (~1978年度)
■46答申 (1971年)
○高校の調査書を選抜の基礎資料にする
○広域的な共通テストを開発
○大学が必要とする場合、テストや論文、面接を行い、判定の資料に加える
共通一次試験 (1979~89年度)
■臨教審一次答申 (1985年)
○選抜方法や選抜基準の多様化、多元化を推進
○大学は自由・個性的な入学者選抜実施のため入試改革に取り組む
○国公私立が自由に利用できる「共通テスト」を創設すべき。資格試験的な取り扱いや複数回実施を検討
○偏差値重視の進路指導の改善、国立大学の受験機会の複数化などへの配慮の推進
大学入試センター試験 (1990年度~)
■接続答申 (1999年)
■改善答申 (2000年)
○入学者受け入れ方針(アドミッションポリシー)の明確化
○外部試験の活用
○AO入試の適切かつ円滑な推進
○リスニングテストの導入
■学士課程答申 (2008年)
○AO・推薦入試における適切な学力把握措置の実施
○高校修了時点における到達度を測るための新たな共通試験(高大接続テスト)の検討
○高大連携による入学前教育や入学後の学び直し(リメディアル)教育の充実
高校基礎学力テスト(仮称) (2019年度~)
■高大接続答申 (2014年度)
○高校での基礎的な学習の到達度を測る
○高校2、3年の時に複数回受験可能
大学入学希望者学力評価テスト(仮称) (2020年度~)
■高大接続答申 (2014年度)
○複数の教科を合わせた「合教科型」や教科の枠を超えた「総合型」も出題
○記述式問題を取り入れ、英語の民間試験も活用
○年複数回実施
○成績は1点刻みではなく、段階別評価で示す
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