高校と大学の教育、その間に横たわる入試の3本柱を抜本的に見直す「高大接続改革」の姿が見え始めた。現行の大学入試センター試験に替わるテストの「問題イメージ」が公開されたのだ。暗記した知識の多寡を問うのではなく、自分の考え、意見をつむぎ出すことを求めたいのだという。1年前の「異見交論」で、激動の時代で幸せをつかめる力を育てるきっかけにしたいと語った改革会議の座長、安西祐一郎氏に狙いを聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)
■「考えることが楽しい」ほど挑戦しやすい
――2015年12月下旬、初めて、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の問題イメージが公開されました。テストは選択肢から回答を選ぶ方式と記述式になるそうですが、今回公開されたのは、記述式の内容ですね。
安西 そうです。教科は国語・数学・英語の3教科でした。対象科目や実施方法、採点の方法、コストについても関係者と話し合いつつ、3月に最終報告を出す予定です。
※文部科学省システム改革会議(第9回)配布資料は>>こちら(PDF)
――センター入試の内容とは違って、自分で考えて書くことを求める内容になっていますね。
安西 最大の特徴は、そこにあります。答えの選択肢が並んだセンター入試の問題とは決定的に違うのです。考えることの「楽しさ」を知っている受験者ほど挑戦しやすいことになりますね。
教科別に見ていきましょう。例えば国語。まず、公立図書館の現状と課題について記した1400字程度の新聞記事を読み、(1)今後の公立図書館の果たすべき役割 (2)自分が図書館員ならば(1)の回答を実現するためにどのような企画をするか――を2段落構成の300字以内、引用には「 」をつけて述するよう求める内容です。条件を付したのは、採点がしやすいという利点もありますが、むしろ、しっかりした構造をもつ思考や表現をしてもらいたいためです。
――自分の立場で考えるのではなく、「図書館員」という他者の立場で考える――頭の切り替えを求めているのですね。他教科はどうでしょうか。
安西 数学では、「スーパームーン」が、地球から最も離れたときに見える満月と比べ、どのぐらい大きく見えるのか、また、それが高校の屋上から校庭を見たときの空間の認識とどう関係しているか、という問題もあります。式を立てる問題で、図で表現することが馴染みやすい問題でもあります。
英語も、センター入試では「読む」、「聞く」だけの問題が「書く」、「話す」に広がります。表現することを求めているのです。いずれにせよ、自分で考え、表現することが「楽しい」と思える受験生ほどチャレンジしやすいのです。
今、求められているのは、答えがない問いに向き合う力です。そのためには良い文章をたくさん読み、考え、書く経験、複雑な現象の内容を明確に表現する経験を積むことが大事です。社会現象を広く扱っている新聞記事は格好の教材です。読んで知識を蓄え、考えを養うと同時に、社会の一員としての自覚も持つことができますから。
■小問は解けるけれど......
――現行の大学入試センター試験では、そうした力の育成が困難だということでしょうか。
安西 センター試験は、持っている知識を当てはめることや文意の読み取りなどが中心となり、答えは一つです。点数で受験生に差をつけることが目的であれば、当然かもしれません。けれども、その結果、問題には必ず正答があり、その正答を効率よく求めることが最も大切という誤った意識を受験生に植え付けてしまうのではないでしょうか。
事実、センター試験の問題を使って調べてみると、国語の長文読解では成績上位層ほど設問を先に読んで与えられた小問をこなし、最後まで読み通していなかったり、数学でも、上位層は小問を頭から順番に解き、全体像を見ていなかったりしている傾向があるようです。
――教育現場で教員たちがよく口にするのが「考えなさい」のように感じます。大学生や高校生たちは「考えない」ようです。
安西 確かに、成績は優秀でも、そういう若者は多いと実感します。正答があるとわかっている小問を、解きやすいものから解くことで点数を積み重ねる経験を積み、場合によっては一発試験で人生が決まってしまう現状の裏返しといってもいいかもしれません。考えなくても世を渡っていけることを、国の試験がメッセージとして発信する時代は、過去のものになりつつあります。
――学びのスタイルががらりと変われば、社会も変わりそうですね。
安西 正解がない問いに立ち向かう場、それが社会です。急速なグローバル化、多極化がさらにその問いを複雑にしていくでしょう。だからこそ、考えることが大切なのです。しかも、点数を取るために考えるのではなく、考えることが楽しいと心から思えるようになることが本当の力になるのです。知識を身につけ、考え、表現することは、人生の選択肢を広げ、豊かにします。記述式問題はそのことを伝える大切な役割を担っています。
もちろん、考える力はテストのための勉強だけで身につくものではありません。今回の改革は、高等学校の教育、大学の教育を抜本的に見直さなくてはいけません。未来の子どもに幸せをつかんでほしいからこそ、考える楽しさを伝えたい。
そのために、おとなにも考えてほしいですね。
おわりに
高大接続改革の狙いは、つまるところ、自ら考えて表現し、さまざまな人々と力を合わせて生きていける力の養成だ。その観点から、図書館員になったと仮定して企画案を練るという国語問題の着想は面白い。他者の視点で考える経験は、社会に出てもすぐに役立つと思う。単なる思いやりだけでなく発想を転換することが、新たな見方を提示してくれるだろう。今回の問題公表に対し、多くの報道が「困難さ」を訴える教育現場の声を前面に押し出していた。「困難さ」を克服する「考える人」は、現場にいないのだろうか。(奈)
vol.22<< | 記事一覧 | >>vol.24 |