「The Valuable 500」広めよう(上)

キャロライン・ケイシーさん(c)佐藤潮

 

 「インクルーシブ社会」という言葉を知っていますか。それは「誰もが参加できる社会」のこと。国連のSDGs(持続可能な開発目標)のうち目標8「働きがいも経済成長も」などとも深い関連があります。読売新聞は今年9月、障害者の社会進出を後押しする「The Valuable 500」(以下、V500)運動を提唱したアイルランドの社会起業家キャロライン・ケイシーさんら3人によるオンライン会議を開催し、「働く障害者、雇用する企業、社会に何が求められるか」をテーマに話し合ってもらいました。ケイシーさんのほか、V500の日本での旗振り役を務める日本財団常務理事の樺沢一朗さん、参加企業の一つソフトバンクCSR本部長の池田昌人さんが参加しました。

 

(コーディネーター 大内佐紀・読売新聞調査研究本部主任研究員)

 

企業成長のチャンスを捉えて

◆社会起業家キャロライン・ケイシーさんの冒頭発言

 本日はこの会議に参加できたことを大変うれしく思っています。まずは少しだけ、なぜ私がV500の運動をはじめたのか、そしてなぜ熱意を持って取り組んでいるのかということについてお話ししたいと思います。

 国連が提唱する持続的な開発目標「SDGs」でも「誰も取り残されない社会」を実現すると論じています。それはどういう意味なのでしょうか。誰もが取り残されないということは、インクルーシブな社会、すなわち誰もが参加できる社会ということでなければなりません。そして、インクルーシブ社会の実現には、インクルーシブなビジネス、企業が存在しないといけないのです。

 私自身も障害者です。17歳ぐらいになったときに視覚に障害があることがわかりました。私がV500の取り組みに熱意を持つのは、私自身に視覚障害があるという個人的なことだけではなく、誰もが自分の可能性を全て実現してほしいと思うからでもあります。そして、V500をスタートさせて分かったのは、世界の企業の大半が障害を問題として取り上げていないことでした。

 長い間、企業の中で障害者の問題は隅に追いやられてきました。しかし、顧客の中には障害者もいます。障害者の中には才能のある人たちがあふれています。世界に障害者が約10億人います。その家族、友人を含めれば、そこには巨大な「市場」が存在していると言えるはずです。

 世界の企業の多くは、インクルーシブ社会の実現に向けて熱心に取り組んでいると説明しています。しかし、実際に取り組んでいるのはわずかに過ぎません。V500は単なるチャリティー(慈善事業)ではないのです。先日、ソニーの人から「障害を経験した人は考え方が違い、新しい革新をもたらすことができる」と聞きました。例えば、テレビのリモコン。実はこれは私のような視覚障害者のために設計されたものだったんです。携帯電話で使われるような「テキストメッセージ」も実は聴覚障害者のために作られたのだそうです。

 障害者のために良いことというのは、実は全ての人にとっても良いことなんです。将来に向けて企業にとって、それがマーケットシェア(市場占有率)を広げる好機であり、イノベーションを進め、洞察を深める機会だと捉えてもらいたいのです。V500に参加する企業のリーダーには、インクルーシブという概念をぜひ行動計画に掲げてもらいたいです。インクルーシブであることを、企業が成長できる「チャンス」だと捉えてほしいのです。

Caroline Casey

1971年、アイルランド生まれ。97年にアイルランド国立大学ダブリン校経営学修士号(MBA)取得。アクセンチュア・アイルランドに入社した。2001年には、ゾウに乗ってインドを横断するといった活動を通じて25万ユーロの資金を集め、視覚障害者支援団体に寄付した。19年、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、「The Valuable 500」を提唱した。

 

雇用ノウハウを提供

日本財団常務理事の樺沢一朗さんの冒頭発言

 日本では障害者の法定雇用率が決められています。日本企業はこれまで、どちらかというと法定雇用率を満たすために障害者を雇用してきました。しかし、コロナ禍で事業本体がどうなるか分からなくなり、障害者を雇用する余裕があるのかという問題に、多くの企業が直面しています。

 そうした中、これはいい機会だなとも思っています。「コロナ禍」で不確定要素が多く、余裕のある資金で障害者を雇用するという、これまでの方法が通用しなくなる中で、各企業は、経済性を考えて障害者を雇用することを真剣に考え始めているからです。

 日本財団はこのタイミングを使って、V500に取り組むソフトバンクや、知的障害者を戦力として雇用する広島県の食品包装会社などのノウハウをまとめて、他の企業に提供する活動を行っていきたいと考えています。財団創設者の笹川良一氏は「世界は一家、人類は皆兄弟」と言い、半世紀も前から障害者支援を行ってきました。いま考えると、インクルーシブな世界を目指していたのだと言えると思います。
 日本財団では、数十年にわたって、生活支援や奨学金といった人材育成など障害当事者への直接支援を中心にやってきました。ただ、マジョリティー(多数派)が変わらないと世の中は変わりません。障害者の自立とは、障害者が仕事をして、自分の生活の糧を得るということです。V500も共通の理念を持っているので、一緒に仕事を進めています。

 

 法定雇用率 障害者雇用促進法で定められている。2018年4月の改正で精神障害者も「雇用に努める対象」に加わり、法定雇用率が2.0%から2.2%に引き上げられた。改正を受けて雇用増加の傾向が続いている。

かばさわ・いちろう

1972年生まれ。95年に米ウェイクフォレスト大卒。96年、NHKに記者として入局し、その後、バンコク特派員、ワシントン特派員を務めた。2017年に退局後、同年6月から日本財団常務理事に。

 

短時間勤務を導入

◆ソフトバンクCSR本部長・池田昌人さんの冒頭発言

 ソフトバンクには「情報革命で人々を幸せに」という経営理念があります。これと「全ての人々が幸せに暮らすインクルーシブな世界のため」というV500の考え方が一致していることから、参画することになりました。

 孫正義会長の言葉に「事を成す」がある。未来像やイメージだけで人々を幸せにすることはできません。何を提供して、それがどのように人々を幸せにするのか、物と形にすることが我々の使命だという意味なのです。

 具体化するために、小さな取り組みですが「ショートタイムワーク制度」を導入しています。障害がある人や長時間働くことに心のストレスを感じる人たちが、1時間や2時間といった短時間でも、ほかの人と同じ職場で働く。社会参画に喜びを感じながら、お互いの理解を促進するという取り組みです。多くの人に制度を知ってもらいながら、より広い実現に向けて歩みを進めていきたいと思います。

 こういった具体的な取り組みが、通常の携帯電話の商品を考えるだけでなく、次のビジネスのきっかけになることがあるんです。SDGs、経営理念、具体的な事業の三つがしっかりと連携する形で、推進していきたいと考えています。

いけだ・まさと

1974年生まれ。97年、東京デジタルホン(現ソフトバンク)に入社。営業部門、マーケティング部門を経て、現職。公益財団法人「東日本大震災復興支援財団」理事なども務める。

The Valuable 500 とは

 「インクルーシブなビジネスはインクルーシブな社会を創る」との考えのもと、キャロライン・ケイシーさんが2019年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で提唱し、世界的な運動としてスタートした。国連のSDGs(持続可能な開発目標)のうち目標8「働きがいも経済成長も」とも深い関連がある。障害者の持つ潜在的な価値を、社会やビジネスにおいて発揮できるように、ビジネスリーダーが自社の事業を改革することを目的としている。目標は、世界で500社の最高経営責任者(CEO)の賛同を得ることだ。

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読売新聞東京本社も参加

 2020年1月のダボス会議では、V500に24か国241社が参加していることが報告された。日本では、9月24日現在、読売新聞東京本社を含め、計24社が参加している。

 日本財団によると9月24日現在、日本から参加している企業(50音順)は、アーバンリサーチ/あいおいニッセイ同和損害保険/NEC/花王/KNT-CTホールディングス/京王プラザホテル/塩野義製薬/昭和電工/住友生命保険/西武グループ/セガサミーホールディングス/全日本空輸/ソニー/ソフトバンク/大日本印刷/大和ハウス工業/電通/TOTO/日本航空/日本電信電話/丸井グループ/三井化学/三菱ケミカル/読売新聞東京本社──となっている。

 

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(2020年9月30日 17:12)
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