2030 SDGsチャレンジ

スペシャリストに聞く

魚の命 ふる里に還元 広島県立世羅高校

できた魚醤の感想を話す荒木さん(左)と友宗君

 

 

 

 貧困や紛争、乱開発、気候変動の予兆など、私たちが暮らす地球は青息吐息だ。このかけがえのない地球を維持し、未来に託すにはどうすれば良いか。国連はそんな危機感から、私たちが2030年までに達成すべき行動計画を「持続可能な開発目標(SDGs=エスディージーズ)」として採択した。日本の若者、団体、行政はどんなアクションを起こしているのか。毎月1回お届けする。

(2020年4月1日本紙掲載)

 

Mission 選別と無駄

 

 

 その美麗な姿から「生きた宝石」と呼ばれるニシキゴイ。広島県はニシキゴイの産地で、広島城の別名は「鯉城(りじょう)」。地元プロ野球チームはコイを意味するカープだ。

 

 高値で売買されるニシキゴイを育てるためには、徹底した選別が行われる。それは多くの命が無駄になっていることも意味する。

 

 

 広島県の真ん中に位置する県立世羅高校。高校駅伝の古豪として有名なこの学校で2017年、農業経営科の1年生(当時)が、SDGsに向かってスタートを切った。

 


廃棄されたコイの稚魚の活用方法を探る(宮本教諭提供)

 

 「1年間で生まれるコイ400万匹のうち、396万匹は焼却処分されている」。1年時に宮本紀子教諭(46)の授業「農業と環境」を受け、実家が養魚場を営む級友からそう教えられた荒木舞桜里(まおり)さん(18)、友宗龍希(ともむね・りゅうき)君(18)らはその数字にたじろいだ。「何とかできないだろうか」。同じ考えを持つ5人が動き出した。

 

Action 「鯉米」中止勧告

 

 5人が思いついたのは水田にコイの稚魚を放し、雑草を食べてもらう「コイ農法」。SDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」に合致し、焼却せずに済むなら二酸化炭素も出ず、目標13「気候変動対策」にもつながる。

 

 世羅町の耕作放棄地は最も多かった15年時点で約295ヘクタール。コイ農法ならば無農薬米として付加価値がつき、目標2「飢餓をゼロに」にもつながる。生徒たちに相談された奥田正和町長が農家と掛け合ってくれ、耕作放棄の水田30アールを借りた。

 

 収穫したコメは「鯉米」と名付けられ、地元メディアも報道してくれた。その直後、県の環境政策担当者から「コイが逃げ出したら生態系に影響を与える」として、中止を勧告された。

 

 

 生徒たちはめげたが、心は折れなかった。次に考えたのは「微生物利用」という授業で知った魚醤(ぎょしょう)づくり。魚を発酵させてつくるしょう油で、タイのナンプラーが有名だ。

 

 川魚を使った魚醤の製造法は試行錯誤の連続だった。放課後に実験を続けることは楽しかったが、魚臭さが服に染み付いた。

 

 1年余りで完成し、カープの本拠地マツダスタジアムの名物・うどんにスープとして売り込む夢も浮かんだが、県立高校での魚の加工・販売は保健衛生上難しいことがわかった。

 

Goal 環境大臣賞に

 

 挫折ばかりではなかった。

 

 今年2月、グループの活動は「全国ユース環境活動発表大会」で、最高位の環境大臣賞を受賞したのだ。

 

 2人はもともと、「卒業後は地元で就職」と考えていたが、命を大切にする信念を結実させた一連の実験が大学入試で評価された。宮本教諭のような農業高校教師という夢を描いた荒木さんは明治大農学部へ。「生まれ育った世羅に恩返しを」と考える友宗君は、愛媛大地域資源マネジメント学科に入学した。

 

 宮本教諭は「困った場面で知恵を絞り、生徒たちは成長した」と目を細める。後輩らはコイの稚魚を肥料にする研究に着手した。その肥料を入れた水田では近い将来、「鯉米」がたわわに実るはずだ。

 

編集後記

 

 最近、東京駅周辺を歩くと、スーツの襟に円形のしゃれたピンバッジをつけたサラリーマンをよく見かける。SDGsに貢献する意思を示すもので、17の目標を表す17色で彩られている。東京駅近くの大型書店にも専用のコーナーがある。

 

 世羅高校のように学校で取り組む例も増えている。未来を生きる若者にこそ、日本、そして世界を変革してほしい。学校現場のチャレンジ、未来に向けたアクションを取り上げていきます。これからの企画をご期待ください!(教育ネットワーク事務局 小川祐二朗)

 

 

 ◇SDGs エスディージーズと読み、Sustainable Development Goalsという英語の頭文字からとった略称。「持続可能な開発目標」と訳されている。2015年の国連総会で採択され、貧困や飢餓、教育、男女の平等、働きがい、生産消費、生態系の保全など17項目の目標を掲げている。目標の下には、具体策や数値目標などを示した計169のターゲットがある。

 

ワードラボ 耕作放棄地

 

 

 もともとは田畑だったが、過去1年以上作物を作付けせず、この数年の間に再び作付けされることのない土地。国内では農家の高齢化などで年々増えている。国内の農地(耕地)面積は1961年の608.6万ヘクタールをピークに減り続け、2018年までに岩手県の面積(約153万ヘクタール)を上回る166.6万ヘクタールが他に転用された。近年は、地目を農地から山林に変更し、耕作放棄地の解消を進める自治体も増えている。

(2021年6月30日 10:03)
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