新聞で教材 全国に広がる[読解力向上プロジェクト]

小中学生の読解力向上を目的に作成したオリジナル教材「よむYOMUワークシート」

新聞で教材 175校 2万6000人

 読売新聞が記事を基に作成した教材「よむYOMUワークシート」の利用者が、2022年4月に有料配信を始めてから、3か月で175校、約2万6000人となった。情報化社会を生きる子どもたちには、あふれる情報から適切なものを選択し、活用する力が求められるが、活字離れが進むなかでその道は険しい。こうした力を、教材を使って伸ばそうとする取り組みが各地で始まっている。

 

単語だけで会話

 埼玉県東部に位置する杉戸町。水田の緑が目にまぶしい田園地帯に町立杉戸第三小学校はある。「豊かな自然に囲まれ、みなのびのびとしている」。千葉耕平校長は児童たちをそう評する。ただ、「単語だけで会話を済まそうとするので、自分の気持ちを伝えられず、相手の思いも読み取れない場面が目につく」という。

 「やばい」「ウケる」「それな」──。児童たちの語彙(ごい)力、表現力に危機感を抱き、「よむYOMUワークシート」を利用し始めたのは、先行配信していた21年4月。家では、動画の視聴やゲームに時間を割き、「教科書以外の文章に触れる機会はほとんどない」状態からのスタートだった。

 当時の担当教諭は児童と接するなかで、「読解力以前に、文章に書かれていることを想像する力も危ういのではと感じた」と振り返る。言葉に対して丁寧に向き合ってほしいと、高学年は週に1回、始業前の朝学習の時間に教材に取り組んだ。

 

600~800字

 記事の長さは600~800字。文章だけでなく図表も含めて内容を深く理解しないと、答えが導き出せない。6年生の制限時間は約10分間。厳しめの設定だが、担任の山﨑幸奈(ゆきな)教諭は「毎週繰り返すうちに食らいついてくるようになった」と話す。21年度末に行った学力調査では「読むこと」の平均正答率が3ポイント上昇した。初めて見る文章を読むことへの抵抗感がなくなり、自信がついた成果だと手応えを語る。

 「家電の説明書も動画になるなど、生活の中で文章に触れる環境が消えた」と千葉校長は話す。「だからこそ、質の高い文章を学校が用意し、読むように仕掛けていかなければならない時代になった」と強調する。

教材を手に、答えを発表し合う児童たち(杉戸町立杉戸第三小で)

 

社会への関心

 古くから交通の要衝として栄えてきた大阪市淀川区。中小の町工場に囲まれた市立美津島(みつしま)中学校も21年4月から、朝学習の時間を活用して教材に取り組んできた。

 生徒たちは日頃、スマホやネットで自分の読みたいものを検索して読む。「でも、そこで触れるのは、自分にとって読み心地のよい文章ばかり。それでは論理、文脈、趣旨を読み取る読解力は身につかない」。教材を担当する辰巳純一教諭はそう指摘する。

 「ウクライナ侵略について子どもたちに尋ねると、ウクライナ、ロシア、プーチン大統領などの単語は知っている。しかし、これらを結びつけて『なぜ』となると手が止まってしまう」。文章を読解し、考える力を育成するのは、「国語科教員だけの問題ではない」と辰巳教諭は話す。

 平尾仁志校長は「ネットは人工知能(AI)が利用者の傾向を分析し誘導するので、ますます同じような情報しか目にしなくなる」と懸念を抱く。旬のニュースを題材にした教材を導入すれば、読解力だけでなく社会への関心も高まると考えた。

 教材に1年間取り組んだ3年生は、21年度末に受けた読解力を測るテストで、すべての評価項目が1年終了時よりも向上した。さらに、「いろいろな分野のニュースを扱った文章を読むことで、たくさんのことを知ることができた」と生徒たちは話す。

 美津島中のような都市部の学校は、進路に関して豊富な選択肢に恵まれている。平尾校長は「記事に触れることで、興味の幅も広がる。自分の可能性に気づけるようになれば」と話し、キャリア教育への波及効果にも期待を寄せる。

教員が見守るなか、教材に取り組む生徒たち(大阪市立美津島中で)

 

7自治体 全校で活用

 東京都墨田区、埼玉県坂戸市など7市区町村は自治体を挙げて取り組んでいる。

 

 和歌山県みなべ町は22年度から町内の全8小中学校で教材を活用する。読解力向上を目指す町立高城中学校が21年度、教材を導入したのがきっかけだった。

 教材が扱う内容は、児童生徒が興味を持ちやすい時事問題で、学習指導要領に対応した設問が準備されている。教材作成の時間を削れるので教員の負担軽減にもつながり、町教委の大木尚美指導主事(当時)は「児童生徒と教員の双方にメリットがあり、一石二鳥だ」と感じた。校長会で全校導入の賛同が得られると、予算化に向けて奔走した。

 大木さんは22年度から、同中の教頭になった。教材は放課後の10分間で取り組む。教員から「長文に対する生徒たちの苦手意識がなくなってきた」との声が上がるほか、生徒からは「国語は苦手だったのにテストの点数が上がってきた」「新しい知識を得るのは楽しい」などの感想が聞かれた。

みなべ町立高城中

 

タブレットやパソコンでも

 パソコンやタブレット端末を使って「よむYOMUワークシート」に取り組む学校も増えている。埼玉県坂戸市立南小学校もその一つだ。

 同小の5年2組で6月中旬、児童たちが端末に配信された教材の問題文を真剣に読んでいた。図は見やすいよう拡大し、答えはキーボードを使って入力していく。制限時間が終わると、担任の天貝美結教諭が手元の端末で各児童の解答を確認しながら、電子黒板に教材を映し出す。「ここに書いてありますね」。問題文の重要な部分に線を引いて解説した。

 端末で教材に取り組むのは2回目。児童からは「図がカラーで見やすい」「先生が線を引いて説明してくれるのでわかりやすい」といった声が聞かれた。

 同小は、県学力・学習状況調査(県学力テスト)で24年度、端末で出題・解答するCBT方式への全面移行が予定されるのを見据え、児童に慣れてもらおうと教材でも徐々に端末を使い始めた。鈴木博貴校長は「書く訓練には紙の教材の方が適している。紙がいいか端末がいいか、両方使うのがいいか。最適な方法を探りたい」と話す。

 

 自治体を挙げて教材を導入した2人の教育長に、その狙いを聞いた。

 記事多彩 視野広く

東京都墨田区 加藤裕之教育長

 教材を見てすぐ、区内全校で導入したいと思った。読解力はすべての子どもたちにとって、学力の基礎・基本となるからだ。やる学校とやらない学校が出ると、それが差になる。だから教育委員会が予算を出して取り組むことにした。

 教材は読解力をつけることに特化しており、単に知識を拾い出すのではなく、深く読み込まないと解答が出ない。文章の長さも適切で、設問の難易度もメリハリがきいている。初めは「子どもたちにはハードルが高いか」と感じたが、教員が児童生徒の実態に合わせて解説するなど、指導を工夫すればよいと思った。

 教材はいろいろな分野のニュースを扱っているので、広く物事を見て考える力も養われるだろう。長く続けることで、読解力のレベルが上がっていくだけでなく、その先にあるコミュニケーション能力もついていくことを期待したい。

 自ら学ぶ姿勢 培う

三重県松阪市 中田雅喜教育長

 教員が、教育者の視点で作る教材とは全く違う。根底に、子どもを動かすような、新聞ならではの問題提起や、社会問題に対する多角的な視点がある。だからこそ教材を読んだ後、自分でもっと調べよう、家族や友達と話しあってみようと、行動に移す子どもが出るのだろう。読解力はもちろん、「自ら学ぶ姿勢」が身につく教材だと高く評価し、全市を挙げて導入した。

 成果も報告されている。21年度の実施校では、文章を読むことへの苦手意識が減り、その結果、民間の学力テストでも、正答率が大きく上がるところが出た。

 あとは教師の出番だ。子どもたちの意欲を、どう次の学びにつなげていくか。腕の見せ所だ。

 教材を教育委員会で準備する分、指導研究や子どもと向き合う時間を充実させてほしい。そうした環境作りも、私たちの重要な役目だと考えている。

自治体単位で「よむYOMUワークシート」を導入している7市区町村

北海道紋別市、岩手県野田村、埼玉県坂戸市、東京都墨田区、三重県松阪市、大阪府門真市、和歌山県みなべ町


 

よむYOMUワークシート

文章と図表 結びつけて

 5月に配信した中学生版の教材です。

 

 

【3】は、記事の趣旨を正確にとらえた上で、どの図やグラフを添えればよいか、深く思考しないと正解にたどりつけません。「よむYOMUワークシート」の特徴的な設問です。学習指導要領の「読むこと」では、「文章と図表などを結びつけて内容を解釈する力」や「表現の効果について考える力」などを求めています。

 

 

【2】も「書き手の意図」を読み取らなければならず、新しい読解力を問うています。

 

 

 

後期配信 10月から

 「よむYOMUワークシート」は、教育委員会、学校を対象に有料配信しています。記事に設問をつけたシートを1週間に1枚配信で半年間に15回。さらに難易度別の特別シートが5枚つきます。小学生版と中学生版の2種類を用意。解答・解説、学習指導要領対応表つき。後期は10月から配信をスタートします。児童生徒1人あたり半年分で300円(消費税込み)。>>こちらからお申し込みください。教材の一部が利用できる無料体験版も用意しています。

8/18 「読解力向上フォーラム」開催

 読売新聞教育ネットワークは「読解力向上フォーラム―読む力から書く力へ」8月18日(木)、読売新聞東京本社(東京都千代田区大手町1の7の1)で開催します。学校、教育委員会の教職員を対象に、子どもたちの読み解く力を伸ばす方策を考えます。オンライン参加も可能です。

 

 >>こちらからお申し込みください。

(2022年7月27日 12:40)
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