心揺さぶる小児心臓手術~順天堂大・天野篤教授による医療プログラム(2)

 天皇陛下の執刀医として知られる天野篤・順天堂大学医学部心臓血管外科教授(59)と同科は今夏、医師を志す高校生8人を受け入れ、早期医療体験プログラムを行った。8人は読売教育ネットワーク参加校の生徒で、プログラムはネットワーク活動の一環として行われた。生徒たちは二人一組で3日ずつ、天野教授が率いる医療チームに早朝から密着し、順天堂医院(東京都文京区)の心臓手術に立ち会った。手術後の患者と面会もし、「命を預かる覚悟」「なぜ医師になりたいのか」を考えた。


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小児心臓手術で執刀する川崎医師(左奥)。器械出し担当の看護師(左手前)が医療機器を次々と手渡していく。

1歳児の鼓動

 3日間の早期医療体験の最終日は小児心臓手術の見学。手術台の上の小さな子供たちの姿は、生徒たちの心を大きく揺さぶった。

 市川高2年・安藤実さん(16)と桐蔭学園中等教育学校5年・梶井亮さん(16)が手術室に入ると、手術台の上で全身麻酔前の1歳児があやされている光景が目に入った。栗色の髪にぱっちりとした目。麻酔科医と機嫌よく遊んでいる。

 男児は心臓に四つの先天性奇形を持って生まれた。生後1か月で人工血管を入れたが、根治には再手術が必要だった。

 胸骨切開から約1時間15分、人工心肺装置が起動し、血液の循環を機械が肩代わりし始める。心拍測定の電子音が消え、ピンク色だった心臓は白くしぼんだ。

臨床工学士(左)の説明を受けながら、小児用人工心肺装置の冷却システムを確認する生徒たち

 透き通るような心臓にメスが入り、途中、心筋を保護するため切開した胸に氷が入れられた。左右の心室の穴をふさぎ、肺動脈を拡張していく手術が続く。

 梶井さんは和太鼓で鍛えた厚い手を握っては開き、頭上のモニターを食い入るように見つづけた。手術が無事終わると「心臓を長時間止めて本当に助かるのか心配だった。でも、僕の拳の大きさもない心臓が再び動き出したとき、命の力強さを感じた。やりがいのある仕事だと思った」と話す。

 

患者の不安 目の当たり 「早く医師に・・・」 

 家族に励まされながら手術室に入る6歳女児と目が合い、早く医師になりたいという気持ちにかられた生徒もいた。

 「心房の穴をふさぐという女の子の瞳は不安でいっぱいだった。何もできない自分が不甲斐なく、患者の不安を取り除けるような存在になりたいと思った」

 6時間後、麻酔から目覚めはじめた女児は、うっすらと目を開けて集中治療室にいた。手術が無事終わり、ベッドの横では家族たちが見守っている。その顔に笑みが浮かぶ光景を目の当たりにした生徒に、一つの学びがあった。

 「医師は痛みや不安を取り除くだけではない。患者や家族を笑顔にできる仕事でもあるんだ」。

 目指す医師という仕事の輪郭が明確になった今、何をするべきか。目の前の勉強を大切にして、まず一歩を踏み出さないといけない。生徒は胸に誓った。

 

手術後の医師待機室で、「医師になったら何をやりたいのかを自分で考えよう」と生徒たちに話す川崎医師

「医師になる」が目標ではない・・・外科医のメッセージ

 2つの手術の指導医の川崎志保理医師(58)は小児心臓手術のパイオニア。手術後の医師待機室で、まだ小児の心臓手術成功率が極めて低かった医学生時代の記憶を生徒たちに話し始めた。

 「都内の大学病院の病棟を見学させてもらったら、翌日手術の子供のためにパーティーをやっていた。『がんばれパーティー』だね。でも、大人たちは泣いているんだよ。当時の技術では手術をしても助からない子どもたちが決して少なくないことを知っていたからだ」

 今は成功率が97%を超えていると説明したうえで、生徒たちに2つの心構えを伝えた。

 1点目は心臓血管外科医の特徴だ。「野球は3割打つと評価されるが、我々は100%の結果を出さないと目の前で患者さんが亡くなる。『診立てを誤って手術がうまくいきませんでした。ごめんなさい』というレベルではない」。

 2点目は医師に求められる人格。「10年に1回ぐらい、うまくいかないことがある。そんな時は、その場で申告しないといけない。自ら認める勇気。これが出来ない人は医師になっては駄目だ」。かみしめるように話しかける。

 そのうえで、生徒たちに投げかける。何のために医師になるのか、医師になった後に何を目指すのか、と。最も大切な「志」は自分で考え、つかめという課題だ。

 「この世界は国家試験に受かってからがスタート。誰一人、学生時代には点滴すら行わせてもらえるわけではないし、全員がゼロから始まる。スタートラインから経験を重ね、最新の知識を学び続ける。問題は何のために、誰のためにやるかっていうことだね」

 目標や志がないと走り続けるのは困難で、医師になるのが目標だと燃え尽きるよ――。身長183センチの大きな体を揺らしながら、ふんわり、やわらかく伝えられるメッセージは、手術以上に高校生たちの心を揺さぶった。


>>手術からの回復 自分の目で~順天堂大・天野篤教授による医療プログラム(3)を読む

(2015年9月15日 09:30)
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