天皇陛下の執刀医として知られる天野篤・順天堂大学医学部心臓血管外科教授(59)と同科は今夏、医師を志す高校生8人を受け入れ、早期医療体験プログラムを行った。8人は読売新聞教育ネットワーク参加校の生徒で、プログラムはネットワーク活動の一環として行われた。生徒たちは二人一組で3日ずつ、天野教授が率いる医療チームに早朝から密着し、順天堂医院(東京都文京区)の心臓手術に立ち会った。手術後の患者と面会もし、「命を預かる覚悟」「なぜ医師になりたいのか」を考えた。
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手術後、医師の介助を受けて心音を聞く |
「すごい 鼓動が聞こえる」
早期医療体験プログラムで天野教授が最も重視したのは、手術からの回復ぶりを自分の目で確認することだ。
手術前、学習院女子高等科2年・土方美奈子さん(16)は生後4か月の女児の胸に聴診器を当てて心配そうに中西啓介医師(32)に報告した。
「ザーザーと風が吹き荒れるような音しかしません」。
心室に欠損があるためだといい、その穴を合成繊維でふさぐ手術が終わった後、再び聴診器を当てた土方さんは息をのんだ。
「すごい、風がやんでいる。ドクンドクンという鼓動が聞こえる」
目の前で病気が治るのを体感できた感動は大きかった。
3日間を通じて、教科書の知識だけでは太刀打ちできない厳しい世界が垣間見えた。しかも、常に学び続けないといけない。それでも、医師という仕事に強く魅かれた。成長過程を考慮した治療を行い、長期にわたり患者と向き合う小児医療という発見があったからだ。
天野教授(中央)の手術を医学生(左)と見学する高校生たち |
「手術でより良い生活を患者さんに」
海陽中等教育学校5年・水橋優介さん(17)ら2人は、大動脈の一部を切除して人工血管に替えた高校生と面会した。
手術から13時間、ベッドに上半身を起こした高校生が迎えてくれた。
「血管が極端に狭まっていたため、階段を上がると疲れ、偏頭痛もひどかった」
手術の影響で声は深くしゃがれている。自らの病気や剣道で活躍する夢を伝え、最後に絞り出すように話しかけた。「苦しんでいる患者を幸せにする、そんなお医者さんになってほしい」
2人は衝撃的な面会だったと振り返る。「手術によって、より良い生活を患者さんに与えるのが医師の仕事だと思った。もらったメッセージは忘れない」
集中治療室で心臓血管外科医から説明を受ける高校生たち |
心停止からの回復と終末期・・・生と死を考える
心肺停止となった患者の緊急手術を見学したのは渋谷教育学園渋谷高2年・冨田瑞葉さん(17)と鴎友学園女子高2年・佐久間海帆さん(16)だ。心臓を動かしたまま行う天野教授の冠動脈バイパス手術は4時間半にも及んだ。
手術翌日、集中治療室を見学に訪れた2人は驚いた。「痛い」と訴えながらも、元気にゼリーを食べる患者の姿に回復の早さ、医学の力を感じた。
一方で、人工呼吸器などのチューブを付けた終末期の男性がいたことが忘れられないという。
「天井の一点を見つめ、かすかに身体を動かしているだけ。心停止から戻ってきた人と、どうしても治らない人。きらびやかなことだけではない」。冨田さんは、生死について考えさせられた。
2人を案内した梶本完医師(40)は言う。「やりがいはある。でも、憧れだけでは務まらない、あらゆる覚悟や決意が必要な仕事です」
人の生きる力を支えたい。患者の不安と痛みを取り除きたい――。命を預かる厳しさを学びながら8人が胸に刻んだ思いだ。
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