ぬまっち先生コラム

大好評のぬまっち先生コラムが待望の再開です! 前年度に3年3組のタンニン だった沼田晶弘先生は、4月から4年3組のタンニンに。小さな成功体験を積み重 ねて、子どもの自ら成長する力を引き出し、自己肯定感を高めていく「ぬまっち 流授業」は相変わらず絶好調。ユニークで型破りな教室に、これからの教育を考 えるさまざまなヒントが詰まっています。
ぬまっち先生コラム40 ペンギンバトン(3)(2016年8月 8日)

沼田 晶弘


第40回 ペンギンバトン(3)


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♣2人のエース選抜レースへ

 4月下旬、リレー4チームのメンバー編成がほぼ固まりました。

 前回説明した通り、この組み合わせは純粋にタイムのみで決めているので、子どもの相性や仲の良さはまったく考慮しません。とくにチームリーダーも決めません。「じゃあ、チームごとに走る順番を決めてね」と、ボクは言います。「基本的にみんなで決めていいけど、ひとことだけ言えば、ボクはみんなが抜かれる姿を見たくないなあ......」

 「あっ、それ知ってる!」

 「ぬまっちの本で読んだ!」

 「遅い子から並べるってやつでしょ!」

 もう、わざわざ説明する必要もないようです。

 

 実はチームはまだ完成していません。例の「ミスターX」と「ミスZ」が決まっていないからです。Xはクラスで1番速い男子、Zは1番速い女子を当てることにしています。

 「本番1週間前に、XZ選抜レースをやります!」と、ボクは宣言します。

 

♠恥ずかしがり屋のミスZ

 XZ選抜レースは立候補制です。やってみたいと手を挙げた子は誰でも参加できます。そのために、選抜レースまでの3週間、必死で走り込みをする子もいます。予選レースで1位だった子がまた1位になるのか、2位や3位の子が逆転するのか、思いもよらない子が急成長を見せてくれるのか、勝負の行方はボクにもわかりません。

 選抜レースに立候補したのは男女とも6、7人でした。予選と同じく2回走りますが、ボクは今回タイムを計測しません。クラス全員が見守る前で、男女別に一斉スタートして勝負を決めます。誰が見ても一番だと、クラス全員が認めるからこそエースなのです。

 ただ、立候補制には一つ問題があります。女子にありがちなのですが、周りに気を遣って、あるいは恥ずかしがって、エース級の子が手を挙げないことがあるのです。今回も、予選1位の女の子が手を挙げませんでした。しかしボクは、彼女がこの3週間、一生懸命練習してきたことを知っています。本音では走りたくてたまらないはず。やむなくボクからの〝推薦枠〟ということで、無理やり引っ張り出す形にしました。彼女は小さな声で「ありがとう」と言いました。

 レースの結果、「ミスZ」になったのは彼女でした。

 

♦悔し涙は努力した子の勲章

 「ミスターX」も予選タイム1位だった男子に決まりましたが、その子に果敢に挑戦した男の子がいました。「オレは絶対リレーで2回走りたい!」と周りにも言って、懸命に走り込んでいましたが、1位の男子に及びませんでした。

 彼は選抜レースが終わった後、物陰でひっそり泣いていました。これが本当の悔し涙なのです。努力した者にしか流せない美しい涙です。ボクは彼にそっと近づいて言いました。

 

 「頑張ったから悔しいよな。でも、おまえが頑張って速くなったことが、勝負どころで必ず生きてくる。だから本番よろしく頼むな」

 

 彼はくしゃくしゃの顔でうなずきました。

 

沼田先生の新刊 『子どもが伸びる「声かけ」の正体』 (角川新書、本体820円)が発売されました。ぬまっち教室のユニークな実践の数々に加えて、「子どもが学校のことを話してくれない」という親の悩みへのアドバイス、初めて明かされる先生の学生時代の秘話などが満載です!

♥勝負を決するのはエースではない

 ボクが彼にかけた言葉は、ただのなぐさめではありません。足の遅い子から順番に並べる沼田式オーダーは、最後発から先頭をじわじわ追い込む戦法です。そのためには、中盤の選手にこそ活躍してもらわなければなりません。

 他のクラスもアンカーにはエースを投入してきます。みんな「クラスで一番速いやつ」が走るので、すでに差が開いている場合、アンカーで前を抜くのはなかなか難しいのです。走者が9人いるなら、6~8番手が真の勝負どころ、抜きどころです。

 

 エースにもう少しで手が届きそうな子たちが「エースになりたい」と思い、選抜レース目指して必死に練習してくれるからこそ、中盤の実力が底上げされる。チーム全体が強くなるのです。

 チームの底力を作るのは、彼が流したような「本当の悔し涙」なのです。


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沼田先生略歴

ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。

 

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