進路室は海[9]卒業ライブ

[9]卒業ライブ

 

「明日、何曲演奏するんですか?」

「千葉さん、歌うの?がんばってね」

「明日のライブ、見に行きますね」

 進路室でも、校務センターでも、たくさんの同僚から声をかけられた。3月もそろそろ終わり。明日、桜丘高校SBC(ステージ・バンド・クラブの略。いわゆる軽音楽部)の卒業ライブ。新横浜のライブハウスを借りて、卒業生たちの熱い演奏が繰り広げられる。

 ちばさとは、陸上部とSBC、二つの部の顧問をしている。だが、金曜の夜と土曜日は大学へ教えに行くし、母の介護のため平日の夕方は早めに帰宅する。なかなか部の様子を見に行けないのが心苦しい。それでも、陸上部では部員たちと一緒にトレーニングをしたりして交流があるが、SBCのほうはギターの名人・キクチ先生にすっかりお任せしてしまっている。

 そんな、頼りにならない、名ばかり顧問の俺にも、キクチ先生は声をかけてくれた。

「千葉先生、卒業ライブで演奏してくれますよね」

 2週間前、キクチ先生が手渡してくれたのは、3曲。部員たちが夏合宿で練習したコブクロの「轍」、ウルフルズの「バンザイ」、そしてブルーハーツの「人にやさしく」。卒業生たちへの励ましがこめられた選曲だ。

 

 

あいしてよ桜 ギターを弾くときにちょっぴり口のとがる男を

雪舟えま『たんぽるぽる』

 

 夜、母の足をマッサージし、早めに寝てもらう。俺は部屋の隅でイヤホンをつけ、譜面を見ながら、この3曲を繰り返し聴いた。

 ライブの5日前、キクチ先生率いる「キクッチーバンド」の練習が行われた。図書館地下の小ホール。直前まで部員たちが練習していたステージには、バンドの熱気がそのまま残されている。俺は「轍」と「バンザイ」ではキーボードを担当し、最後の「人にやさしく」ではメインボーカルをつとめる。練習不足だが、やるしかない。どの曲も2回演奏し、それで練習は終了となった。

 今日、いよいよ卒業ライブ。ベルズというライブハウスはビルの地下にある。ステージとお客さんたちのフロアが近くて、あたたかい雰囲気だ。午前中は、すべてのバンドの最終リハーサル。

 そして午後2時、開場。2時半、開演。卒業生たちのバンドはどれも勢いがある。ボーカリストはどんな曲も自分のものにしており、ギターやドラムの演奏もガチで熱い。キーボード奏者はみんな、軽やかに弾きこなしている。さすがSBC、かなり上手だ!

 夕方が近づくと、いよいよ「キクッチーバンド」の出番。われわれ教員と、助っ人をしてくれる部員の合同バンドだ。

 ステージにあがってフロアを眺めた。生徒たちが、たくさん来ている。他の部の子たちもたくさん。SBCのOB、OGもいっぱい来てくれた。その後ろには先生方や保護者のみなさんの顔が見える。前夜ツイッターで宣伝したせいか、短歌の友だちも2人来ている。

 急に緊張してきた。力を入れて立っていないと、体が震えてしまいそう。フロアの人たちが手を振ってくれる。嬉しくなって俺も手を振りかえすが、なんだか生まれて初めての動作をしているような気がする。

 そして、われわれキクッチーバンドの演奏は......。

 正直、緊張しまくったせいで、演奏中のことはあまり覚えていない。大きな拍手をもらったようだから、良かったのだと思いたい。ステージから下り、部員から「3年間ありがとうございました」と花束をもらったあたりから記憶が戻る。

 この卒業ライブまでは、「卒業式を終えてもまだ3年生」と思っていられたが、ライブ後は、本当にこの子たちとお別れするんだなぁ、という実感が湧いてきた。

 桜丘高校71期生のみんな、卒業おめでとう。これからも音楽を好きでいてください。そして、また集まろうね。

 

 

二十年たっても子供のままでいたい ミラーボールの下に集まる

三原由起子『ふるさとは赤』

 

千葉 聡 @CHIBASATO

 1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『飛び跳ねる教室』『短歌は最強アイテム』など。

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(2019年3月28日 11:13)
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