生まれ育った地域で働く ~ 「ものづくりの板橋」学ぶ見学会

 「生まれ育った地域で働く」。日本全体の人口減少が問題となる中、Uターン、Iターンなど、地方での働き手の確保が問題になっています。多くの地方出身者が働く首都・東京。そんな大都会の足元でも、中小企業を中心に、産業の維持が問題となってきているようです。「ものづくりの街」として知られる東京・板橋区の取り組みを取材しました。(明治大学・土田麻織、写真も)

 

看板製作の仕事体験 ~ ヤマテ・サイン社

 

 「うわー、速い!」。大きな音を立てて正確にイラストを転写していく印刷機。10月23日、板橋区小豆沢にある看板専門業者「ヤマテ・サイン」の社内には、区立緑小学校5年生たちの楽しそうな声が響いていました。特別な素材に印刷された大人の背丈ほどもある木のイラストが、専用の機械で手際よくくり抜かれます。「こんなに大きいのに」「すごい!」と口々に歓声が上がりました。

 

 

 一口に「看板」といっても様々な種類や大きさ、形があります。大手百貨店とも取引のある同社は、多彩な製品を手がけています。「これ見たことある!」。誰もが知っているキャラクターを使った看板の写真を、子どもたちは食い入るように見つめていました。

 

 続いては、社員と一緒になって行うワークショップです。事前に選んだ好きなデザインを土台にネームプレートを作成。それぞれが好きな模様のシールを選んで、デコレーションも楽しみます。社員のサポートを受けながら、一人一人が試行錯誤の中でものを作り上げていく過程を体験しました。それぞれにこだわりを詰め込んでいく子どもたちは、とても楽しそう。見ている私までワクワクしてしまいました。「発明家になりたい」「お金持ちになりたい」――。子どもたちが見学した作業で印刷された木のパネルには、それぞれが「将来の夢」を付箋に書いて貼り付けました。

 

地元産業の歴史を知る

 

 東京23区の北西部にあり、中山道、川越街道などの幹線道路に加えて、荒川や新河岸川などの水運にも恵まれた板橋区。戦前は軍需産業、戦後も精密機械や印刷業などの工場が軒を連ねました。ところが、バブル崩壊に伴う国内産業の空洞化の影響は同区も例外ではありません。印刷関連産業を中心1978年には5456を数えた工場数は、2003年には2534にまで減少してしまったそうです。

 

 この日行われた見学会は、「ものづくりの板橋」について理解を深めてもらおうという狙いで企画されました。板橋区産業振興課産業支援係の須田美紀さんは「地元の産業の歴史を知り、生まれ育った板橋区を、将来働く場としても意識してもらえれば」と話します。

 

 

 1964年に創業されたヤマテ・サイン社は近年、印刷の過程で出る大量のごみの分別など、経営の中でSDGsを強く意識してきました。自身も同区出身の安川重理社長は、「創業から60年。地域への恩返しを、と思い、未来を担う子どもたちに何か考えてもらいたかった」と力を込めます。ユネスコスクールでもある緑小学校の子どもたちも、日常の学びの中でSDGsを自然に意識しています。同社の取り組みを知った市之瀬輝明校長からの依頼で、夏休みごろから見学会の準備を進めてきました。

 

地域との連携 社員にもプラス

 

 どうすれば子どもたちにわかりやすく仕事の内容を伝えられるか、記憶に残る体験とはどのようなものか――。通常業務の傍ら、社を挙げて取り組んだ見学会は、短時間ながら、インターンシップ並みの充実した内容となりました。「目の前で見た印刷機はすごい迫力だった」「池袋で見た看板を地元で作っているなんて驚いた」。仁保朔太郎くんと石原颯人くんが、それぞれ感想を話してくれました。「地域との連携やコミュニケーションを考えることは社員にとってもよい体験になった」と安川社長は手応えをかみしめます。

 

 

 「おじさん、おれ、ここで働いてもいいよ」。帰り際に一人の男の子が安川社長に声をかけました。「後でおいでよ。約束だよ」。安川社長が笑顔で答えます。大人たちとの体験を通して「ものづくりの板橋」を学んだ子どもたち。それぞれが将来「働く」ということを考えるときに、「地元で働く」ことも、大きな選択肢の一つになることでしょう。

 

 「社員と子どもたち、それぞれの取り組みが、連鎖して板橋区全体に広がっていってくれたら」と安川社長。「ヤマテ・サイン」の社名に込められたのは「山手線のように、終着駅=終わりがない」、そして、「環状線=輪になる」という思い。SDGsを通してつながった社員や子どもたちの思いが、それぞれのキャリアや人生を通して大きな連鎖の輪になる。そんな2030年の未来を想像させられる体験会でした。

 

株式会社ヤマテ・サイン

1964年創業。各種看板やディスプレイ演出のほか、販売促進ツールの設計・制作・施工を総合的に手がける。従業員数は約40人。

 

(2024年11月29日 12:00)
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