「共生社会」への準備は? ~ 日本語教育コーディネーターに聞く

 2070年の日本は、総人口8700万人の1割を外国人が占めると推計されています。外国人は、ともに日本の社会を支える仲間です。共生社会に向けて準備はできているのでしょうか。文化庁の調査によると、全市区町村の4割強は、外国籍の住民が通える日本語教室のない「空白地域」となっています。外国人の子どもへの対応はどうなっているのでしょう。目黒区教育委員会で「日本語教育コーディネーター」を務める河上加苗さんに、現状と課題を聞きました。(早稲田大学 高田彩乃)

 

日本語学習を妨げるもの

 

ーー日本語教育に関心を持ったきっかけを教えてください。

 

 「高校生の時、海外で日本語を教えていた人の講演を聞きました。日本語を教えることが仕事になることに驚き、得意なことを生かせる道が見つかったことで、心が動かされました。そこで大学では日本語教育を専攻しました」

 

ーー卒業後はベトナムやペルーで日本語教師をされています。


 「国内で日本語教師としてのキャリアを積むことが難しかったからです。国内より海外の方が日本語教師への需要がありました」

 

ーー海外での活動から何を得られましたか。


 「ペルーでは日系のほか、ペルー生まれで日本に渡り、再度ペルーに帰国した子どもたちがいました。日本で十分な教育を受けられなかった子どもが、帰国後も大変な思いをしたり、その後の人生に大きな影響があったりすることを目の当たりにしました。日本語教育の重要性を感じました」

 

ーー帰国後、早稲田大学の大学院に進みました。


 「大学院の実習で小学校に行った時、『外国人が公立の学校になぜ来るのか。外国人学校があるのに』などという話を聞きました。外国人の子どもが社会に馴染んでいないのは、子ども自身の問題ではなく、受け入れ側の問題でもあること、教員一人ひとりの認識や、教員養成に関わる高等教育や教育行政にも大きな関わりがあることに気づきました」

 

成長に応じた長期的支援を

 

ーー目黒区教育委員会の「日本語教育コーディネーター」は、どのような仕事をしているのですか。


 「2008年度から目黒区と早稲田大学大学院日本語教育研究科は協定を結び、公立小中学校、行政、大学院(研究機関)という3つの立場が協働する、組織的な日本語教育支援システムの確立を目指しています。日本語教育コーディネーターは日本語教育の専門知識を学んだ後、大学院の推薦を受け、区の面接後に着任します。私は、大学院から推薦を受けた院生や修了生に、日本語指導の助言を行ったり、学校との間に入って日本語指導に関連するコーディネートをしたりします。区内の日本語指導全体を把握し、区の日本語指導体制構築や日本語指導担当教員の支援も行っています」


ーーやりがいは。


 「指導記録を見たり、担任から様子を聞いたりして、子どもたちの悩みが解決していることを知るとうれしく思います。日本語教育を学ぶ大学院生が修了後、教育現場に携わることもあります。目黒区で日本語指導を経験した小中学校の教員が、他区に異動してからも、日本語指導を担当することがあるかもしれません。その時に、指導法の改善はもちろんのこと、外国人の子どもに対する意識改革に貢献できるのであれば、大変やりがいのある仕事です」


ーー難しい点は。


 「子どもたちの家庭の問題に立ち入ることはできません。悩みを抱える子どもが、悩みを抱えたまま、他の地域や海外などに行ってしまうと、支援の限界を感じます。保護者への支援も同時に考えていかなければならないと思います」

 

ーーこれからの日本語教育の課題は何でしょう。

 

 「日本語教育は子どもたちの『学び』『キャリア形成』『心』を支えるものです。成長に応じて長期的に支援していかなければならない。そのためにも小学校から中学、高校、そして大学まで、連携する必要があります」

 「例えば公立の学校教育現場では、異動によって先生たちの実践の積み重ねが難しいこともあります。指導実践を記録していくこと、外国人の子どもの教育を理解していくこと、その体制を整えることが今後も引き続き必要かと思います。指導記録が残されていることで、後任は、指導の手がかりをつかめ、教員経験を生かした指導が行えるようになります」


ーー私たち大学生に何ができるのでしょうか。


 「是非関心を持ってほしい。今はSNSで誰とでもつながることができます。『つながり』は大切です。偶然見つけた誰かの『つぶやき』を受け止める人がいれば、もしその人が外国人で困りごとを抱えているとすれば、話を聞くことからでも、問題の解決につないでいけることができるかもしれません。外国人の子どもの教育や日本語教育の問題を、つながっている人、知っている人が抱える問題だと考えることができれば、関心も高まるでしょう」

 

 河上加苗(かわかみ・かなえ)さん 早稲田大学大学院日本語教育研究科修了。国内外で日本語教育に携わる。現在、目黒区教育委員会国際理解教育支援員(日本語教育担当)「日本語教育コーディネーター」 。早稲田大学日本語教育研究センターの非常勤講師として留学生に日本語を指導する。

 

(2023年11月 8日 11:02)
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