神戸大の佐久間諒さん、ポケットに優勝あいさつ【特集】第14回全国大学ビブリオバトル首都決戦

熱弁をふるう佐久間さんと、彼が語った推し本「同姓同名」

 大学生の「推し本」日本一を決める書評合戦「第14回全国大学ビブリオバトル~首都決戦~」が2023年12月17日、東京都世田谷区の昭和女子大学で開かれた。30人が熱戦を繰り広げ、観客約400人の投票の結果、神戸大学3年の佐久間諒さん(21)が紹介した「同姓同名」(下村敦史著)が頂点の「グランドチャンプ本」に選ばれた。全国で開かれた予選には、過去最多の1583人が参加した。※首都決戦出場者の推し本リストはこちら

 

グランドチャンプ本「同姓同名」下村敦史著、幻冬舎文庫

神戸大農学部3年 佐久間諒さん 21

固唾のむ 緩急つけた話術

 登場人物全員が、殺人犯と同じ名前というミステリー作品。SNSで誹謗(ひぼう)中傷を受け、「人生を狂わされた」オオヤママサノリたちが、被害者の会を結成し、犯人を見つけ出し、その顔写真を公開することで自分たちの名誉を回復させようとするが......。

 「犯人の名は、オオヤママサノリ。あれ、犯人の名前、思いっきり言っちゃったけど、大丈夫?って思われたかもしれません」。会話をするようにあらすじを話していくが、あえて読みどころは明かさない。「さて彼らは、犯人を見つけ出せるのか!」と声を張り上げ、一体どんな真相が待っているのかと観客がグッと固唾(かたず)をのんだその時に、肩すかしのように発表を終えた。

 「一人でも多くの人がこの本を読みたいと思ってくれればという一心でした」と発表を振り返る。

 実はこの作品は、昨年3月の全国中学ビブリオバトルのチャンプ本だ。発表者の竹田泉歩樹(いぶき)さん(東京都八王子市立由木中)は壇上で「今まで読んだミステリーの中で、断トツに面白い」と言い切った。「一体どんな本なんだ」。ミステリー好きの血が騒いだ。
 同じ作品で大会に出場してもいいのか。悩んだが、「自分が面白いと思った本を紹介するのがビブリオバトルなのじゃないか」と大学のビブリオ仲間が背中を押してくれた。

 チャンプ本の発表を待つ壇上。ポケットには優勝のあいさつ文を忍ばせていた。表彰式で、それをおもむろに取り出して読み上げると、司会者に「自信あるね」と突っ込まれ、会場がドッと沸いた。「完全燃焼しました」と笑顔がはじけた。

 

準グランドチャンプ本 るん(笑) 酉島伝法著、集英社

帝京大大学院教職研究科2年 小林捺哉さん 23

不思議な世界観の小説を語る小林捺哉さんと、彼の推し本「るん(笑)」

複雑な世界観を訴え

 「今日は、『言葉の強さ』を一番感じられる小説を持ってきました」

 観客を前に取り出したのは、赤い背景に青色の水玉模様が印象的な本作。占いや言霊といった非科学が科学を駆逐した日本が舞台の連作小説だ。病に苦しむ女性に処方されるのは薬ではなく、腫瘍に「るん(笑)」という名前をつけ、折り紙で折られた千羽鶴を開いていくという奇妙な治療法......。

 読み始めたときは、なんだか怖い話だと思っていたのに、作中の言葉遣いを楽しんでいるうちに、どんどん本の世界の中に入り込んでしまう。5分間の発表で、その複雑な世界観と、不思議な魅力を訴え続けた。

 普段から他人の書評は参考にせず、表紙やタイトルが気になった本を選ぶ。本作は書店で「よく分からないタイトルの本」を探していた時に見つけた。表紙のまがまがしさもイチオシだ。

 「本の紹介がうまくなりたい」と、大学1年の時から図書サークルでビブリオバトルを始めた。「今回の発表は、今できることを全て出し切れた。でも、もっとうまくなれると思う」。今年4月から都内の小学校に勤務する予定だが、ビブリオバトルは続けるつもりだ。

 

ゲスト特別賞「あなたの燃える左手で」朝比奈秋著、河出書房新社

大東文化大文学部4年 山上出雲さん 22

内容を柔軟に変更しながら発表した山上出雲さんと、彼の推し本「あなたの燃える左手で」

観客の共感味わえた

 大好きな戦争文学をどう薦めたらいいのか――。1年間、考え続けてきた。

 前回の大会では、第2次世界大戦が舞台の「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬著)を取り上げた。発表内容をしっかり暗記して自信を持って臨んだが、会場の反応を見る余裕がなく、決勝に進めずに敗退。「独りよがりだった」。雪辱を誓って今大会に乗り込んだ。

 今回紹介したのは、誤診で左手を別人のものに付け替えられた日本人の主人公と、ロシアの侵略で傷つくウクライナ人の妻を巡る物語だ。

 発表の冒頭、「国が占領されていたらと想像できる人は左手を挙げてください」と観客に呼びかけた。ほとんど手が挙がらないとみると、「では、想像しにくい人は」と質問を変え、たくさんの手が挙がったところで、「その左手が切断されたら、どう思いますか」と訴えた。

 「体が別人のものになる物理的な痛み、国がなくなる精神的な痛みが重なって物語が進んでいく。世界の見え方が変わる体験をしてほしい」。発表内容を柔軟に変更するプランがうまくハマり、自分の言葉に観客が共感してくれている空気を味わえた。1年前を乗り越えた瞬間だった。

 

トークセッション「角田光代さんVS村田諒太さん」

 幕間(まくあい)のトークセッションには、作家の角田光代さんと読書家の元ボクシング世界王者・村田諒太さんが登場した。

トークセッションでは、2人のゲストの読書歴が披露され、会場も大いに盛り上がった

「拳の先」はボクサーの心情を見透かしている...村田さん

 「本の世界に入り込めば、自分の人生をいったん離れられる」。村田さんは、金メダルに輝いた2012年のロンドン五輪前、読書の魅力に目覚め、本格的に読み始めたという。そんな村田さんは、角田さんのボクシング小説「拳の先」を推した。「もう、この拳に力が宿らない」と登場人物が引退を決意するシーンは自身の現役終盤と重なったと明かし「ボクサーの心情を、ここまで見透かして描いたのはすごい」と感心した。

 

「人間失格」に私のことが書いてあると感じた中学時代...角田さん

 「ボクシングと小説は親和性が高いジャンルだと思う。動きが速すぎて書くのは難しいのですけれど」と応じた角田さんは、自身の読書歴を披露。「中学時代に太宰治の『人間失格』を読んで、『私のことを書いてくれている』と感銘を受けたが、大人になってから恥ずかしくなった」と笑わせた。

 2人は「大学生に薦めたい1冊」も紹介した。村田さんは「社会に出て忙しくなってからも自分の時間を大切にして」とミヒャエル・エンデの「モモ」を挙げ、角田さんは「なぜ人のために生きたほうがいいのかが説教くさくなく書いてある」と吉田修一の「横道世之介」シリーズを選んだ。

 

写真特集「第14回全国大学ビブリオバトル~首都決戦~」

6人で行われた決勝戦では、観客が一番読みたくなった一冊に軍配をあげた

 【主催】活字文化推進会議

 【共催】ビブリオバトル普及委員会、ビブリオバトル協会

 【主管】読売新聞社

 【特別協力】昭和女子大学

 【協力】松竹芸能

 【後援】文部科学省、文字・活字文化推進機構、大日本印刷、日本書籍出版協会、日本書店商業組合連合会

(2024年1月24日 11:51)
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