第30回「日本絵本賞」受賞作品決定

「ぼくは ふね」で大賞を受賞した作者の五味太郎さん(帖地洸平撮影)

 「第30回日本絵本賞」の最終選考会が開かれ、最高賞の日本絵本賞大賞は、「ぼくは ふね」(五味太郎作、福音館書店)に決まりました。1973年に第1作となる絵本を発表してから、400冊以上を手がけてきた五味さん(79)の集大成とも言える作品です。次点の日本絵本賞(順不同)は「ひとのなみだ」(内田麟太郎文、nakaban絵、童心社)と、「ゆきのこえ」(おーなり由子文、はたこうしろう絵、講談社)が受賞。日本絵本賞翻訳絵本賞には「ねえ、おぼえてる?」(シドニー・スミス作、原田勝訳、偕成社)が選ばれました。

(全国学校図書館協議会主催/松岡マジック・ブック・ヘリテージ協賛/読売新聞社/中央公論新社特別協力)

 

日本絵本賞 大賞

「ぼくは ふね」

五味太郎 作

福音館書店(日本傑作絵本シリーズ)


小さな船が海を進むと、嵐で海は大荒れに。ヘリコプターに助けられるものの、地上に置かれてしまう。船は悲しむが、その気になればどこでも進めると、ほかの船から声をかけられ、山や畑を進み出す。

 

作者・五味太郎さん 集大成「迷いや挫折描く」


 作家は、基本は「一人で家に引きこもってする仕事」だが、受賞作は造本、装丁にも深く携わり、編集者やデザイナーなどといつも以上に対話を重ねた。

 「みんなでもらった賞。チームとしての喜びがある」と笑顔を見せた。

 最初から書くと決めた物語があったわけではない。船や海が好きで、まず心の赴くままに「気楽に海をただよう船」を何枚も描いた。そのうち、「気楽なままで終わらない予感がしてきた。自分にしては珍しく、人生の迷いや挫折を描きたくなった」。意識していなかった自分の中にある物語が、絵を描くうちに出てくる。「それが楽しい。この仕事の醍醐(だいご)味」という。

 絵本のケースも自らデザインした。黒一色で表も裏も丸い穴が一つ開き、主人公の「ふね」だけが見える。真っ黒なケースは謎めいて、読者に色々想像してもらえると同時に、「児童書との決別」でもあるという。絵本は児童書ではなく「子供も読める本」との思いで、400以上の作品を手がけてきた。「絵本とは明るく楽しいだけの児童書、という一般の定義から脱したいと思い続けた、50年分の気持ちが出たのかな」

 夏には80歳になる。年末に向け「理想の展覧会」を準備中だ。作品全体を見てほしいと、初めて全著書を並べ、新しい図録も作るつもりだ。

 絵本作りは「生活そのもの。一番好きで、楽。悩まない」と言い切る。気分が乗ると、今でも夜明けまで描く。51周年、52周年とこれからもずっと新しいことをやってみたい、描いてみたいという。

 

日本絵本賞 2作品

「ひとのなみだ」

内田麟太郎/文 nakaban/絵

童心社


ロボットが戦争に行く世界で、ぼくたちは安心して暮らしているはずだった。非戦と平和への願いを込めた、近未来の物語。

 

「ゆきのこえ」

おーなり由子/ぶん はたこうしろう/え

講談社(講談社の創作絵本)


雪の朝はしずか。一歩ずつ雪をふみしめると「くすすすす」と、足もとから音が広がります。聞こえたのは、ゆきのこえ?

 

翻訳絵本賞

「ねえ、おぼえてる?」

シドニー・スミス/(作) 原田勝/訳

偕成社


ベッドで語られる母と子の親密な会話から浮かびあがる、思い出をめぐる家族の物語。作者自らの体験をもとにした心に響く絵本。

 

美しい色層 造形がリズム

《講評》松本猛・選考委員長


 大賞の「ぼくは ふね」は作者の絵本作家デビュー50周年の作品。新生活を始める人へのメッセージとしても読めるが、舟に作者自身の姿が重ねられているように思える。美しい色層の展開の中で舟や様々な造形がリズムを生み、旋律を奏でる。作者自らが携わった装丁、造本も秀逸だ。

 「ひとのなみだ」は戦後80年の平和な日本を生きる現代人へ問いかける絵本。文と絵が一体になって戦争で日々失われていく命を、遠くの出来事として見てしまう我々の意識に切り込む。

 「ゆきのこえ」は、雪の朝の感動を、少年の動きを追いながら丁寧に描く。作者の実感が絵と言葉から伝わる。俯瞰(ふかん)で描かれた最後のシーンでは、足跡から少年の動きがよみがえる。

 「ねえ、おぼえてる?」は離婚という事実を、少年と母の姿と会話を通して深く繊細に描く。絵本の表現力の可能性を示した傑作。

◆最終選考委員(敬称略)

▽松本猛(絵本・美術評論家、ちひろ美術館常任顧問)

▽伊藤たかみ(作家)

▽福田美蘭(みらん)(画家)

▽佐々木泰(読書推進運動協議会事務局長)

▽小林功(全国学校図書館協議会絵本委員会委員長)

(2025年5月28日 16:30)
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