右拳でつかんだ読書の栄冠【特集】第7回全国中学ビブリオバトル
決勝進出した6人のバトラーと、ゲスト作家の今村翔吾さん(左端)、宮島未奈さん(右から2人目)ら出演者
中学生がお薦めの一冊を紹介しあう書評合戦「第7回全国中学ビブリオバトル」が3月24日、滋賀県の龍谷大学瀬田キャンパスで開かれた。関西で初開催となった大会には、全国各地の地方大会の優勝者や各校の代表者ら46人のバトラーが出場。聴衆約500人の投票の結果、「脳の外で考える」を紹介した関西創価中学3年の中村修都さん(大阪府代表)が優勝した。(学校・学年は大会当時)
グランドチャンプ本「脳の外で考える」アニー・マーフィー・ポール著、ダイヤモンド社
中村修都さん 関西創価中3年
ジェスチャーで思い伝える
毎月30冊以上に目を走らせる本の虫が選んだのは、思考力を高める方法を国際的な科学ジャーナリストが提示した実用書だ。「世界中の頭が良くなりたい人にささげられた本だ」とビビッと感じた。
520ページ超の大著に記された約180種類の方法のうち、紹介したのは4種類。<1>ジェスチャーが記憶力を高める<2>落書きによって集中力は増す......。「僕が語りやすくて、同世代の心に響きそうなテーマに絞り込んだ」という。
発表の山場は、<1>の具体例を示す場面だ。「ライオット(riot)と叫びながら、僕と同じ動作をして」。約500人の観客に、右拳を突き上げながらライオットと叫ばせた。「暴動という意味ですね。ジェスチャーで英単語は覚えやすくなります」。手を動かしてスピーチしたほうが、聞き手が要点を覚えている確率が33%高まるというデータも示した。
実は、このライオットの事例は、本の中には出てこない。本をとことん読み込んで考案した独自の演出だ。「動きが大きくて印象に残る英単語を大会直前に選んだ」
片手でマイク、もう一方の手でジェスチャー。自身の発表でも、最初から最後まで身ぶり手ぶりを絶やさず、会場を一体にした。
表彰式では「優勝の気持ちをジェスチャーで示して」との注文に、渾身(こんしん)のガッツポーズを見せた。その意気で、高校生大会にも挑むつもりだ。
準グランドチャンプ本「小説 太宰治」檀一雄著、P+D BOOKS 小学館
大口ひかりさん 石川県白山市立松任中2年
気がつくと20回以上読んでいた
「火宅の人」の著者で知られる檀一雄が、無二の友・太宰治との若き放蕩(ほうとう)無頼の日々をつづった回想録だ。
「太宰さんは自分のいいところだけを見せたい、褒められたいという人間らしい人。檀さんはそういう太宰さんを受け入れ、一番の理解者としていつも傍らに立ってくれた」
豪遊して宿代などが払えなくなり、金を借りてくると言って出かけた太宰が檀を置き去りにした"熱海事件"や、酔って太宰に絡んだ中原中也を檀が丸太で殴ろうとした酒場での出来事......。作中に出てくる驚きの逸話を披露して聴衆を引きつけ、「読めば読むほど、2人の関係が深く、大切なものだと分かってきます」と熱弁をふるった。
本を手にしたきっかけは、文豪たちをモデルにしたキャラクターが活躍するアニメだった。太宰や坂口安吾、芥川龍之介の作品を次々と読むようになった。普段から友だちとの関係について考えることが多いからか、たどり着いたのが檀と太宰の濃密な交流を書いたこの本だった。難しい言葉を辞書やインターネットで調べ、気づけば「20回以上読んでいた」という。
「何があっても信用してそばにいてくれる、檀さんのような友だちが欲しいし、自分もそうなりたい」と大口さん。「昔の人の青春はすごい。次は織田作之助に挑戦します」と声を弾ませた。
ゲスト特別賞「世界でいちばん透きとおった物語」杉井光著、新潮社
入口蒼大(そうた)さん 長崎県時津(とぎつ)町立時津中2年
紙の本で味わう感動
「清らかな愛を感じて、壮大な伏線回収がされたとき、あなたの見る世界、心、そしてこの本までもが透きとおってしまう」。まずは、書名に重ねたセリフを決めた。
作品は、大御所作家が死ぬ間際に残したとされる原稿「世界でいちばん透きとおった物語」を、作家の婚外子である主人公が探すミステリー小説。主人公は、生前は会ったことがない父親の生涯をたどる中で、本当の姿を知り、衝撃の真実にたどり着く......。
SNSで話題になっているのを知って中学2年の夏休みに本作を読み、作中にちりばめられたアイデアと発想力に衝撃を受けた。みんなの前でトリックを明かせないのがもどかしい。「記憶を消して、もう一度読みたい本」「紙の本でしか味わえない感動が、ここにある」と懸命に表現した。
県大会を勝ち抜き、全国大会でも賞を得た。でも、何よりうれしかったのは、観客が自分の「推し本」を読みたいと思ってくれたことだった。
龍谷大学賞「アリス殺し」小林泰三(やすみ)著、東京創元社
細井みず保さん 福島県南会津町立田島中1年
作品に没頭する快感
学校で行われるビブリオバトルの大会。どんな本を紹介しようか──。そんなことを考えていた夏休みのある日にこの本に出会った。強烈なタイトルに一目ぼれし、書店のレジに急いだ。
「不思議の国」に迷い込んだアリスの夢を見るようになった大学院生が、現実と夢の世界で起きる連続殺人事件に遭遇し、真相に迫ろうとするミステリー......。
「たくさんのトリックがちりばめられ、どんでん返しの連続に興奮します」。冒頭は、最初にこの本を読んだ時のような気持ちで訴えた。「私の推しポイントは、読んでいるうちに、読み手自身も事件の噂(うわさ)話をしている不思議の国の住人になったような気分を味わえることです」。作品に没頭する快感を伝えたかった。
2020年に死去した著者の小林さんは、ミステリーのみならず、SF、ホラーの名手と言われていた。生前は、著作について「若い読者に読んでほしい」とよく口にしていたという。東京創元社編集部の古市怜子さんは「中学生が作品を栄えある舞台に連れて行ってくれたこと、読み継がれていることを何よりも喜んでいるはずです」と語った。
◆優秀賞「俺ではない炎上」浅倉秋成著、双葉社
山田煌真さん 秋田県立秋田南高校中等部2年
◆優秀賞「鴨川ホルモー」万城目学著、KADOKAWA
笠間直実さん 京都市立高野中1年
今村翔吾さん&宮島未奈さん【トークセッション】
6人による決勝前には、作家の今村翔吾さんと宮島未奈さんによるトークセッションが行われた。滋賀県に在住する地元の人気作家2人の登場に、会場は大いに盛り上がった。
トークで客席を盛り上げた宮島未奈さん(左)と今村翔吾さん(右)
■読んだ人の数だけ着眼点がある...今村さん
「大人と年齢差を感じないくらい熱かった。大学、高校、中学の無差別級大会があっても面白いのでは」
今村さんは、準決勝で自身の直木賞受賞作「塞王の楯」を紹介した中学生がいたことに触れた。惜しくも決勝進出は果たせなかったが、「メインではない登場人物を取り上げていた。読んだ人の数だけ、着眼点があるのだとあらためて感じた」とビブリオバトルの魅力を語った。
大津市を舞台にした「成瀬は天下を取りにいく」(4月に本屋大賞を受賞)の著者、宮島さんは、「びわ湖大津観光大使」のタスキをかけて登壇した。地方都市で活動をすることについて、「東京のイベントに参加しづらいが、落ち着いて暮らせる良さがある」と話した。
■地方都市は落ち着いて暮らせる...宮島さん
「一人一人が、一冊をとても深く読み込んでいると感じた。大人も気づかないような鋭い読みに感心した」
中学生に読んでほしい本についての質問も上がり、今村さんは「山田風太郎先生の甲賀忍法帖。『能力バトル』ものの原点だと思う」と絶賛。宮島さんは、「多彩なキャラクターが魅力」として、三浦しをんさんの「風が強く吹いている」を推した。
【主催】活字文化推進会議
【主管】読売新聞社
【特別協力】龍谷大学
【協力】日本書籍出版協会、松竹芸能
【後援】文字・活字文化推進機構、全国学校図書館協議会、日本書店商業組合連合会、大日本印刷、滋賀県教育委員会、大津市教育委員会、文部科学省