「みんなの心にも響くはず」詩を語り栄冠に輝く【特集】全国中学ビブリオバトル決勝大会
中学生がお気に入りの一冊を紹介し、会場の投票で最も読みたい本を決める「第8回全国中学ビブリオバトル決勝大会」が3月9日、京都市の立命館大学衣笠キャンパスで開かれた。秋田や大阪、大分などの府県大会の代表や学校代表など計35人が出場した。観客約300人の投票で、「行為の意味」(宮澤章二著)を紹介した大阪市立玉出中学2年、梶川嵩太(しゅうた)さん(14)が優勝した。大会には三笠宮家の彬子(あきこ)さまが特別ゲストとして参加された。(学校・学年は大会当時)※出場者の推し本リスト ※大会のYouTube動画
グランドチャンプ本「行為の意味」宮澤章二著 ごま書房新社
大阪市立玉出中2年 梶川嵩太さん14
部活のランニング練習で挫折、詩でつかんだ「前進」のきっかけ
中学に入学後、野球部に入部した。しかし、ボールを思いっきり投げ、バットをぶんぶん振る前に、ランニング練習で挫折した。なぜみんなのように速く走れないのか。「自分は劣っている。恥ずかしい」。退部しようとまで思い詰めていた時、先生からこの本を手渡された。
宮澤さんが中学生に向けて30年間書き続けた作品など61編が収められた本。中でも、《他の人より一歩後を歩くからといって 他の人より劣っているとは限らない》という詩が、劣等感にからめとられ、身動きができなくなっていた心にズシンと響いた。
「これは、絶対にもっと読まれるべき本だ」。人前で話すのは苦手だとかは言ってられない。とにかく、みんなにも読んでほしい。その一心で、決勝までやってきた。
決勝では、表題となった詩「行為の意味」を紹介した。
「こころ」はだれにも見えないけれど 「こころづかい」は見える 「思い」は見えないけれど 「思いやり」はだれにでも見える
この要約バージョンは、東日本大震災の直後、ACジャパンの広告として繰り返し流れたことでも知られる。「中学生には悩みやつらいことが多々ある。だからみんなの心にも響くはず」と、自身が経験した壁を例に、作品の持つ温かさを訴え、観客の心をつかんだ。
大会の様子を新聞で読んだ宮澤さんの遺族から、感謝の手紙と本が届いた。タイトルは、「前進の季節」(現在は絶版)。「僕にぴったりだと思った」。野球部は今も続けている。
準グランドチャンプ本「有罪、とAIは告げた」中山七里著 小学館
和歌山県湯浅町立湯浅中3年 前田百愛(もあ)さん 15
AI活用、どこまで許容するか
国語の授業で人工知能(AI)について、賛成派、反対派に分かれて意見を述べあった。自分は「AIに依存してしまわないだろうか」と反対意見を言ってみたが、自信はない。内心では「普及すれば生活は便利になるんじゃないかなあ」とも思っていた。町の図書館でこの本に出会ったのは、ちょうどそんな時だった。
データをインプットすれば瞬時に判決文を作成してくれる「AI裁判官」。裁判官の負担軽減につながるとして配備が進む中、父親殺人事件で被告となった18歳の少年の審理にAI裁判官を利用しようとする法廷ミステリー。
裁判に感情は不要なのではないか。いや、もっとAIに危機感を持つべきではないか......。ページをめくるたびに葛藤が止まらない。「AIがスキルを上げるほど怠惰な人間は身体を動かすのを渋るようになり、考えることさえ放棄する」「人が人を裁くのにデジタルな思考が??相応?ふさわ?しいとは思えない」。作中の若手裁判官や刑事、弁護士たちの苦悩や憤りにふれていくうちに、「AIがどんどん日常生活に入りこんでいる今こそ、多くの人に読んでほしい作品」と確信した。
決勝の壇上から静かに呼びかけた。「人を裁くことの重みと、私たちの未来について考えさせられる一冊です。AIの活用をどこまで許容するのか、考えてみませんか」。今はちょっと自信がある。
立命館大学賞「死んだ山田と教室」金子玲介著 講談社
秋田県横手市立十文字中3年 佐藤快さん 15
笑いと驚き、そして涙の青春小説
交通事故で命を落としたクラスの人気者「山田」の声が、教室のスピーカーから聞こえてくる――。ミステリアスな設定が印象的な青春小説。そこには、笑いと驚きと涙が詰まっている。
「山田は......、2年E組の中心でしたっ」。登場人物になりきり、すすり泣く身ぶりとともに発表をスタートさせた。まずは「笑い」の部分。作中で描かれる高校生の日常をユーモラスに紹介した。登場人物の声色や口調をいくつも使い分け、ラップまで披露した。「まだ中学生なのに、僕まで懐かしい気持ちになる」。会場に歓声が起きた。
黒縁のメガネを外すと、「驚き」と「涙」の部分をシリアスに解説した。「解き明かされる山田の真実、魂が震えるラスト。タイトルの本当の意味を知ったとき、僕は鳥肌が立った」。ドラマチックに語り切った。
自分自身、生徒会長として1年間、学校のムード盛り上げに奮闘してきた。「仲間の中心に立つのは、楽しいだけじゃない。山田ほどではないけど、大変なことはあったし、陰で努力も必要だった」。主人公と自身の姿を重ねながら、昨秋から7度も読み返して発表を練った。「光栄な受賞で、すべて報われました」
三笠宮家の彬子さま、トークで「本は知らない世界の扉を開く」
決勝前のトークセッションには、日本美術の研究者としても活動する三笠宮家の彬子さまが登壇された。
彬子さまは2015年、自身のイギリス留学時を描いた「赤と青のガウン オックスフォード留学記」を出版された。昨年文庫化(PHP文庫=写真下)され、38万部のベストセラーとなっている。
彬子さまは、本の題材となった6年の留学期間について、「本当に貴重な時間でした」と振り返り、執筆にあたっては「共感してくださるようなところを意識して加えるようにしました」と話された。
「本は知らない世界の扉を開く、どこでもドアみたいなもの。本を手に取ってみることができるところが書店の魅力です」
彬子さまは本や書店の良さをそう語り、「歴史に関する本にたくさん触れ、日本のことを好きになってほしいと思います」と会場の中学生たちに呼びかけられた。活字が苦手な場合は、漫画で親しんでから原著を読むことも勧め、「源氏物語」を漫画「あさきゆめみし」(大和和紀著)でも読んだ経験を明かされた。
「中学生に薦める本」として、専門分野の入門書である「達人たちの大英博物館」(小山騰ら著)と、「推理小説のようで衝撃を受けた」という「古池に蛙は飛びこんだか」(長谷川櫂著)の2冊を挙げられた。
表彰式では「これからもたくさん読んで」
彬子さまは表彰式にも登壇された。5分間で自分の話したいことをまとめ、それを聴き手に魅力的に思ってもらえる話術に驚いたと話し、「これからもたくさんの本を読んでいただきたいですし、ビブリオバトルで私の本を紹介していただけるように面白い本を書きたいと思っております」としめくくられた。
入賞者に自著を贈られる彬子さま(中央)決勝で投票する聴衆(左)予選での質疑(右)
動画
【主催】活字文化推進会議
【特別協力】立命館大学
【主管】読売新聞社
【協賛】日本書籍出版協会
【協力】松竹芸能
【後援】文字・活字文化推進機構、全国学校図書館協議会、日本書店商業組合連合会、大日本印刷、京都府、ビブリオバトル普及委員会、文部科学省
※この事業は、一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)の共通目的基金の助成を受けて実施されました。