米ニュース・リテラシー・プロジェクト代表アラン・ミラーさんに聞く(下)
ニュース・リテラシー教育の開発に乗り出すにあたって、ミラーさんが気がかりだったのはメディアが多様化する中で、子どもたちが「正しい情報」を選別する能力を持てるかどうかでした。そのために、ジャーナリズムの手法を子どもたちに教えようと思い立ちます。
ジャンルトップの動画「米国のニュース・リテラシー教育をあなたは知っていますか」から抜粋 |
アラン・ミラー(Alan Miller)氏 米NPO法人「ニュース・リテラシー・プロジェクト」代表。元新聞記者で、ロサンゼルス・タイムズ紙記者時代の2003年には、優秀な報道に贈られるピューリツァー賞を米国内報道部門で受賞している。
――正しい情報を得られるようになるためにジャーナリズムを学ぶのですね。
そうです。多くの著名ジャーナリストたちも参加してくれましたが、実はジャーナリストたちの手法というのはみな同じです。大切なことは、こうしたジャーナリストたちが、自分で情報を得る際の手順です。手に入れた情報をどのようにして精査し、検証した上で記事に仕立てているのかという、その具体的なステップを可視化することでした。
――それは、記者、ジャーナリストたちの苦労を実際に体験することですね。
記事にするということは、情報を精査するだけでは終わりません。実際に起きたことを目撃することはできないのですから、事実関係を自分で再構築して記事の形にする必要がありますよね。そこにはさらに、記事をチェックする編集者(デスク)の視点も入ってきます。そうやって記事はできあがっていくわけですが、そういうプロセスを子どもたちにみせることに意味があるのです。原稿にはなぜリード文(前文)というものがあるのか、「見出し」はどういう役割があるのか、子どもたちにそれら一つ一つをまさにジャーナリストとして体験してもらいたいのです。
実践編で大事なことは、ジャーナリストとしての価値観は、情報を精査する上での「メートル原器」のようなものだということを理解してもらうことです。すなわち何が事実かということを検証する際に、ジャーナリストが使う手法はきわめて有効だということをもっと子どもたちに知ってほしいのです。
――実践編のカリキュラムを教えてください。
実践編では、子どもたちに「新人記者」になってもらいます。現場に実際に行って取材をし、目撃談を集め、当局者からの情報を得て、さらに専門家による検証も聞いて、さらには資料などを自分で集め、最終的に記事を書きます。記事だけではありませんよ。どのタイミングでSNSを使ってその情報を出すべきかを判断するのも記者の仕事なのだから、それも実際にやってもらいます。自分で体験できることだから、実際に楽しく実践的に習得することができるのが特徴です。
いま言った流れは、ニュース・リテラシー教育のすべての基本になっています。いわゆる「チェック・ツール(測定器)」を自分で持つということを狙ったものなのです。先ほどいった「メートル原器」ですね。すべての子どもたちが、何か新しい情報に接したときに本能的に取り組んでほしい、そんな内容になっています。
ジャンルトップの動画「米国のニュース・リテラシー教育をあなたは知っていますか」から抜粋 |
――そうしたツールを得た子どもたちは情報を選別できるようになりますね。
その情報はどこから来たのか、情報源ははっきりしているのか、そもそもニュースに値するといえるのか、広告などマーケティングの意図が潜んでいるのか、いないのか、などですね。あるいはニュースのように装っているけれども、何か意図をもった論評、あるいは事実ではなく単なる意見の類いなのか。あるいは何者かのプロパガンダが隠されているのではないか、そういうことを判断できるようになることが望ましいのです。
情報源の問題も特に重要です。ジャーナリストがどう考えているのかを知ってもらいます。目撃談などはそうですよね。匿名の情報が寄せられたとしても、提供される資料はどういう性質のものなのか。たとえば、そこには偏向(バイアス)がかかってはいないのか、公平といえるのか、こうした問いかけをもとに情報を精査して信頼性を評価し、そこからニュースをどう作り上げるのかということを実際に体験してもらっています。実際に起きた事件をもとにしたケースも用意しています。
――どういう年齢層をターゲットとしているのでしょうか。
カリキュラムが想定しているのは小中高生です。米国でいうと6年生から12年生だが、いわゆる「スイートスポット」、最適層だと我々が考えているのは8年生から10年生(日本の中学2年から高校1年に相当)だと思います。こうした取り組みは、いったんできあがれば、生徒たちだけでなく、たとえば市民講座でも応用が可能だし、図書館で司書たちが行うプログラムにも活用できることがわかっています。
――活動が注目されたのは2016年以降ですね。
米国では2016年の大統領選を機に、フェイクニュースが一気に社会問題化しました。しかし、我々はそれ以前からこの取り組みを続けていたので、当時は即効性のある「解毒剤」のような役割を期待されていましたよ。それ以来、ニュース・リテラシー教育の需要は日増しに高まっていますね。
――最後に、ニュース・リテラシー教育が目指すべき目標は何でしょうか。
我々が目指すべきは、次の世代を担う子どもたちに、社会により積極的にかかわる「良き市民」になってもらうことだと思います。そうなるためには、「正しい情報」を得られる環境が整備されていなければなりません。ニュース・リテラシー教育が目指すのは、そこですね。それが究極のゴールだと考えています。
(聞き手 吉池亮・教育ネットワーク事務局長。2017年に行ったインタビューをもとに再構成しました)
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