「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。
第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)
[vol.1] You must be your agent
ちょうど3年前、中国・大連で開かれた「サマーダボス」に出席した。世界経済フォーラムがスイス・ダボスで開くダボス会議や、アジア首長国連邦での有識者会議と合わせ、「3大会議」と位置づけられる場で、会場には政治家や企業人、研究者、メディア関係者らが詰め掛けていた。テーマは「グローバル人材の養成」。地球規模での課題を解決できる人材をどう育てていくのか――アジア代表として出た私も含め、熱い議論で会場はわいていた。
その時、サリーを着けた若い女性が手を挙げた。私に質問があるのだという。しんと静まった会場で彼女は真剣な表情で問いかけた。「科学者になりたいが、周囲は許してくれない。どうしたらいいのか」
私は答えた。「You must be your agent」。あなた自身があなたの代理人にならなくてはいけない、結局は自分自身だよ。そう伝えたのだ。
世界は目まぐるしく変わっている。いまの子どもたちが大人になる頃には、現存する人間の仕事のうち6割が消えているだろうという予測もある。確かに、これまでにも多くの仕事がなくなった。例えば氷屋。リヤカーに氷を乗せ、魚屋や一般家庭に氷を届ける商売があったが、電気冷蔵庫の普及で姿を消した。人工知能の性能が、2045年には人間の能力を超えるという予想もあり、これからは、従来の生き方が加速度的に通用しにくい時代になるかもしれない。それでも、新しい時代を担う若い人たちに、夢を抱き、目標を持って生きてほしいと願う。
私が審議に加わった国の「高大接続改革」にも、その願いを込めている。単なる「大学入試改革」では、むろんない。自ら課題を見つけ、解決方法を考え、多様な人々と力を合わせて生きていく力を育む手段となるよう、議論を進めてきた。
だが、なかなか思いは通じない。「学力」の二文字が、邪魔をしているのかもしれない。妙に狭く解釈される結果、真意が理解しにくくなっているのではなかろうか。
ある日、有名進学高校の校長から話しかけられた。「なぜ入試改革をするのか、こんなにうまく行っているのに」。うちの生徒は、勉強も部活も、そして学校祭も頑張り、高い学力を持っている。文武両道の教育で、有名大学にもたくさん生徒を送り込んでいる。それが、なぜ今さら入試改革なのだ、と憤るのだ。生徒たちが頑張っているのは確かだろう。だが、学校内だけで培った学力が、どこで、どんな人が相手でも、自分らしく生きていける力になっているのか。こんなにも目まぐるしく変わっている世界に出て行ける真の力を果たして養っているのだろうか、と切り返してしまった。返事はなかった。
2045年はどんな時代になっていて、どんな学力が求められているのだろうか。今の教育のままで通用するのだろうか。その時代を担う人たちに、どんな教育をしたら、自らの「agent」としての活躍を期待できるのだろう。
冒頭の話に戻る。会議が終わって退出しようとすると、件の彼女が待ち受けていた。背中を押してくれたことがとてもうれしかったと涙を浮かべながら話し、そして言った。「Hug me」。ウーム、困った......。
高大接続改革
高校・大学教育、両者をつなぐ大学入試を抜本的に見直す改革。高校教育については、2017年度に高校の学習指導要領を改定する。自ら問い、自ら学ぶ(アクティブ・ラーニング)の視点を重視。「高等学校基礎学力テスト(仮称)」が設けられ、学びがどの程度身についているかを確認する。
大学入学者選抜では、従来のセンター入試を廃止し、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を実施。マークシートではなく、「自ら考え、書く力」を重視するテストになる。
大学は2017年度から、入学から卒業まで一貫した方針に基づいて学生の育成に当たることが義務付けられる。