2045年の学力(9)想像力を磨いて「褒め金」

安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)日本学術振興会理事長、文部科学省顧問。前慶応義塾長・大学長。認知科学。70歳。

 「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。

第1、3金曜日掲載(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)

 

[vol.9] 想像力を磨いて「褒め金」


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 人工知能には難しいが、人間はいともたやすくこなしている「図を読み取る力」。その力を鍛えるには、頭の中に図を描くトレーニングが重要だとお伝えした。その一つの例として、二等辺三角形の底角が等しいことを図を描きながら証明する問題を挙げた。頂角から底辺に向けて引いた補助線でできた二つの三角形が合同であることが示せれば、底角の等しさを証明できる。

 この問題に限って言えば、補助線を引かなくてもできる証明方法がある。

 

△ABCと△ACBにおいて

∠ABC=∠ACB

AB=AC

AC=AB

よって二辺とその間の角が等しいから

△ABC≡△ACB

ゆえに、∠ABC=∠ACB

 

 △ABCとそれを「裏返した」△ACBとの合同を証明すればいい。実は、私が昔作った人工知能のプログラムが導き出した証明なのだ。今から35年ほど前のことで、作った私自身驚いたものだ。実際には、1950年代から知られた証明方法だった。証明の手順を中学校の教科書ふうに書けば上のとおりだが、人工知能は、人間が補助線をひいて証明するのとは似ても似つかない、いろいろな組み合わせを、それこそ機械的に調べていただけなのだ。

 人間は空間や立体を頭の中で思い浮かべ、その立体を頭の中で動かしたり、形や方向を変えたりすることができる。しかも、幾何の問題を解くという自分の目標に到達しやすいように、頭の中でイメージをつくり、動かすことができる。三角形を立体と見て裏返しにしたりするのは人間の得意技だ。幾何の問題に限らず、たとえば「絵日記」が書けるのも、この力の表れなのだ。

 頭の中に図や絵を描く能力は、人の知的能力の証明だ。今から18,000年あまり前、アルタミラの洞窟に動物の絵を描いた人類の祖先の知的能力が、私たちに伝わっているのだ。

 その想像力を磨き上げ、「あること」をすれば、子どもの力を確実に引き出せる。ずばり「褒める」ことだ。

 

 「褒めて伸ばす」と簡単に言うが、実際は難しい。親が褒めるのは、往々にして、子どもが期待通りにふるまった場合が多いからだ。家のお手伝いしかり、学校の成績しかり。もちろんそれも大切なことだ。だが、子どもを伸ばす力としては「銀メダル」レベル。「思ったとおりに出来た」という観点で子どもを伸ばそうとしている限り、独創性や自主性は、伸びるとしても飛躍的にとはいかない。

 子どもは敏感だから、「こうしたら、お父さんは(お母さんは)褒めてくれる」ことを察知する。だから、場合によっては親子の間でのやり取りがどんどん「予定調和的」になっていく。下手をすると、「親の(大人の)ルールに当てはまらない子は、悪い子」といった誤ったメッセージを与えかねない。

 「金メダル」レベルの「褒める」、略して「褒め金」は、大人が想像力をフル回転させる点に重心がある。前提として、こちらが予定していた目標に子どもを追い込んで褒めるのではなく、「子どもの身になって」その行動や言葉の意味を吟味し、見えない部分を緻密に想像することが肝心だ。

 

 その想像力は、自分自身で磨ける。以下のようなステップを意識するといい。

 

 (1)頭の中で情報を整理して、組み立てていく

 (2)将来、どうなっていくのか予測する

 (3)予期せぬ、とっぴな事態の出来(しゅったい)も考えに入れる

 

 「今日の夕焼けはきれいだな」と感じたら、その光景と他の情報を脳の中で組み立て、「明日はいいお天気だろう」と予測する。さらに「布団を干しても大丈夫そうだ」と考えをふくらませることもあるだろう。突然に雨が降る可能性もあるから、その時は、などと日常生活の中で思考を繰り返すことで、想像力をたくましくできる。「褒め金」を目指すなら、そこに、「子どもの身になって」という要素を取り入れることだ。

 子どもが夕焼け空を見ながら、「明日は晴れるといいな」とつぶやいたとする。明日は遠足だから当然だろうな、で終わりにしたら、親の想像力は育たない。この子は明日の遠足で、誰とどんな計画を立てているのだろう、それはいつもの学校生活とどうつながっているのか、それとも全く切り離されているのか......などと、子どもの心で考えるのだ。

 

 そんな日常の中で、ある日、子どもが絵を描いたとする。子どもの心で考える訓練をしていたら、その絵にいつもと違う工夫がなされていることに素早く気づけるだろう。そうなればしめたもの。「すごい! 素晴らしい」と心から褒められるはずだ。家のお手伝いにしても、「親の期待している方法」とタイミングでやってはいないが、その子らしい気づきに基づく工夫があることを見抜ける。「褒め金」の可否には、親の想像力のレベルが関係する。

 子どもの心でもって考え、子どもが本当に自分で何かを見つけたとき、何かを達成したときに、子どもになって感動して子どもを褒めること、これは現在の人工知能にはできない。

【MEMO】

大学入試センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」は2020年度から実施される予定。文部科学省は、いまのセンター試験同様、57万人以上の受験生が一斉に受けることを想定して、試験の検証作業を始めている。今年度は、大学1年生約500人に実際に「記述式」試験を受けてもらうなどし、誰がどのような体制で採点するのか、センター試験のように自己採点できるテストを設計できるか――といった観点から検証を進めるという。検証作業の対象は、17年度は高校3年生と大学1年生で計約5万人、18年度は高校3年生10万人に拡大する予定だ。

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(2017年2月 3日 10:00)
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