[16]少し大きなうちわを持って
9月7、8日は桜高祭(おうこうさい・桜丘高校の文化祭)。大いに盛り上がったが、8日の午後は台風が急接近。予定していた後夜祭を取りやめ、生徒たちを午後5時に下校させることに。
9日の朝は、台風の影響で電車が止まり、休校になった。職員総出で校舎内に吹き込んだ水たまりを拭き、あちこちを修理した。
台風にやられちまった街路樹がふた足早く秋連れてくる
蔵本瑞恵『炎を孕む』
そして10日。生徒たちは登校し、文化祭の会場を片づけた。昼に閉会式を済ませたあと、午後になってようやく後夜祭が開かれた。名目は「後夜祭」だが、昼間に開催。しかも、予定されていたフォークダンスと打ち上げ花火は中止。体育館のステージで、ダンス部の演技と、SBC(軽音楽)部の演奏だけが披露される。
こういうとき、桜丘の生徒たちは強い。「台風だったから、いろいろできなかったのは仕方ない」「できることをやって、精一杯楽しもう」と気持ちを切り替えている。
俺が体育館に行くと、もうSBCの最初のバンドの演奏が始まっていた。後夜祭全体が見えるように、会場の真ん中より後ろのほうに立った。
台風一過の晴れた日だ。気温も高いが、演奏に合わせて踊ったり叫んだりする生徒たちの熱気も相当なものだ。体育館の窓は開けられるだけ開けてあるが、ここに一分間、立っているだけで、服の乾いたところがなくなりそうだ。
たぶんかなり暑くなるだろうと予想していた俺は、大学の見学会でもらった少し大きなうちわを持っていった。大騒ぎする生徒たちを見守りながら、自分の顔をあおぐ。あぁ、うちわ、最高! たまらない。なんて涼しいんだ。顔も首も涼しくなり、ホッとする。ただただ、自分で自分をあおぎ続けた。
最初のバンドが終わると、「あちー」「めっちゃあっちー」と騒ぎながら2年生の男子の一団がステージ前から、俺の立っているあたりに逃げてきた。演奏の間、踊り騒いでいた彼らも、あまりの暑さに降参したようだ。大笑いしながら「あちー」を繰り返している。俺はうちわで、彼らをあおいであげた。
「あ、ちばさとだ! 後夜祭、最高ですね」
気のいい彼らは、俺に笑いかけた。俺がもっとあおいであげると、全開の笑顔になった。
「ちばさと、やさしー!」
「こんなふうにあおいでくれるの、ちばさとだけだよな」
やがて次のバンドが始まった。彼らは俺に大声で「ありがとー」と言って、またステージ前に詰めかけた。
そこで、俺は再び自分をあおいで......、なんてできなくなった。できるわけがない。俺の近くには汗まみれになった生徒たちがたくさんいるのだ。少し歩きながら、いろんな子をあおいであげる。どの子も「お!」「おおっ!」と突然の風に驚き、俺だと気づくと、やはり「ちばさと、やさしー」などと言う。「やさしー」なんて言われたら、もっとあおがないといけない!
これは性善説なのか、性悪説なのか、よくわからない。だが、一つだけ言える。どんな先生も、生徒から「優しい」と言われることで、真に優しい先生になれるのだ。
結局、最後のバンドの演奏が始まるまで、俺は場内を歩き回り、生徒たちをあおぎにあおいだ。腕が痛い。もう汗だくだ。でも、不思議なくらい気持ちよかった。
体育館から出ると、大きなうちわは壊れていた。
ステージの上に寝そべるコードたちとろけて落ちた五線のように
俵万智『サラダ記念日』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『短歌は最強アイテム』『90秒の別世界』など。9月20日に「短歌研究ジュニア」が創刊されました。月刊「短歌研究」の付録です。編集長を務めました。
本当に大きな台風でした。わが家も停電を経験しました。たいへんな思いをなさったみなさまを心配しております。9月半ばも過ぎ、陸上部は県大会を頑張りました。関東大会への出場を決めた部員もいます。次は2年生の修学旅行。2学期はにぎやかです。
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