[18]「お留守番」の日
主任の先生たちは会議。2年生の先生たちは学年行事の打ち合わせ。他にも急な仕事がいくつか。その日の放課後、進路室にいられる先生は、なぜか俺だけだった。
「千葉先生、お留守番をお願いします」
進路主任のクララ先生は明るく声をかけるとすぐに会議室に向かった。俺は「はーい。頑張ります」と答えた。「お留守番」なんて、なんだか子ども時代に引き戻された気分だ。
留守番は裸で伝記読みながらスティックシュガーしゃぶるひととき
雪舟えま『たんぽるぽる』
進路室には、いつも5、6人の先生がいる。英語と数学の先生が多く、質問を受け付けたり、進路相談にのったりしている。進路室は、じつは学校でいちばん生徒が集まる部屋だ。月に1度の職員会議のほかには、「先生が誰もいない」ということは、ほとんどない。ワンオペなんて、珍しい。(この言い方、牛丼の店みたいだ)。
一人きりになると、寂しくなる。外は、世界を白く染めるような雨。
「よし、掃除でもするか」
ほうきを手にしたとたん、3年生の女子がやってきた。
「カツクラ先生、いらっしゃいますか」
「いや、いないよ。今日は会議だから、俺がお留守番なんだ」
「そうですか。また来ます」
「何か俺にできることがあるなら、話を聞くよ」
「いえ、いいです。カツクラ先生に用があるんで」
生徒は慌ただしく立ち去った。「お留守番」と言ったところで「子どもか!?」と笑ってくれてもいいのに。どういう用事なのか少しくらい話してくれてもいいのに。お留守番教員は、いつもよりダルがらみをしたい気持ちが強くなる。
「タチノ先生、いらっしゃいますか?」
「ケイ先生に相談があるんですけど」
そのあとも、生徒たちは次から次へとやってくる。でも、どういうわけか俺を訪ねて来る子はいない。「今日は俺がお留守番」と言っても、だいたいスルーされる。そして、誰も俺に用事を話さずに立ち去ってしまう。「他の先生は大人気なのに。俺は......」とすねてみたくもなる。
誰もいなくなったタイミングで、部屋にカギをかけて廊下に出た。校務センターで用事を済ませ、急いで進路室に戻る。何しろ俺はお留守番なのだ。
「あ、すごい!」
進路室前の廊下の窓を見て、思わず声が出た。雲の切れ間から光が射し、大きな虹が出ている! 初冬の虹なんて、珍しい。
「すごい。こんなに大きな虹、初めて見たよ」
廊下を歩いていた女子2人に声をかけた。
「本当だ。すごいですね」
「よく見たら、二重の虹になってますね」
3人で盛り上がり、虹をバックに写真を撮った。
「今日、俺はお留守番なんだ」
進路室のカギを開けながら言うと、虹仲間の2人は「お留守番だなんて、子どもみたい」と笑ってくれた。良かった!
その後、先生たちが戻ってきて、お留守番は終了。
「そうだ。虹が出ているんですよ」
先生たちに教えてあげようと思ったのだが、窓を見ると虹はもう消えていた。
ゆふぞらに虹の円あるしばらくを弦楽に似てしづかなる街
小島ゆかり『憂春』
千葉 聡 @CHIBASATO
1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『短歌は最強アイテム』『90秒の別世界』など。「短歌研究ジュニア」の編集長も務めています。
期末テストが終わりました。冬休みまであとひと踏ん張り。三年生のみんなは、特にインフルエンザに気をつけて!
[17]<< | 一覧 | >>[19] |