進路室は海[22]この世界中から大きな拍手を

[22]この世界中から大きな拍手を

 

3月3日(火)

 保護者、在校生、来賓は出席せず、卒業生と職員だけで行なう。歌をうたうことも大幅に縮小。いつもと同じようにはできないが、それでも卒業式は行われることになった。

 卒業生入場のときには、吹奏楽部のすばらしい生演奏が聞けるはずだったが、今回はクラシック音楽を流す。

 体育館のステージに近いところに卒業生たちの席がある。例年なら椅子をくっつけて並べるが、今年は椅子と椅子とを少し離して並べてある。全員が席につくと、卒業証書の授与。担任が生徒の名を呼び、一人ひとりが「はい」と答えて立ち上がる。ここは省略などしない。全員の「はい」を聞くことができた。

 校長先生の言葉はシンプルで力強かった。そのあと、卒業生代表の挨拶はたっぷりと。今年の代表のYさんの言葉は、折り目正しく美しい。でも、そこには「本音を伝えに来ました」という熱い気持ちがこめられていた。きっと卒業生たちは、それぞれ3年間のさまざまなシーンを胸によみがえらせることができただろう。

 校歌も1番だけを無伴奏で歌った。そして、もう退場だ。1組からゆっくりと列をつくって退場していく。

 いつもならたくさんの在校生と保護者の力強い拍手をもらえるところだが、今日は80人の教職員が頑張って拍手する。俺も、手が真っ赤になるまで拍手した。

 

 

フォルテとは遠く離れてゆく友に「またね」と叫ぶくらいの強さ

千葉聡『そこにある光と傷と忘れもの』

 

 式を終えると、俺は進路室前の小さな黒板に、この歌を書いた。毎日、詩歌を紹介している黒板だ。今日はお別れだから、やはり自分の歌を。

「今日は、ちばさとの歌ですね」

 最後のホームルームを終えた生徒たちが、進路室に顔を出してくれた。現代文のクラスの男子たち。小論文をともに学んだ子も、創作について熱く語り合った子も来てくれた。陸上部のみんなも集まってくれて、一緒に写真を撮った(ここで、少し泣きました)。

 いつもなら、部のメンバーで集まったり、仲良しグループで写真を撮り合ったり、卒業アルバムの余白に寄せ書きをしたり、多くの卒業生が夕方まで校内で過ごすことになる。だが、今年は「新型コロナウィルス」のせいで、お昼にはみんなを帰すことになった。

「じゃ、また」

「先生、またね」

 わざと明るく去っていく子が多い。別れを惜しむ間もなく、先生たちも体育館の片づけに入った。

 

3月6日(金)

 完全休校となってから3日目。授業はなくても、教員は仕事に追われる。来年度の準備はすでに始まっており、俺も進路指導部の仕事と教科の仕事を同時に進める。

 トイレに行こうと廊下に出ると、真冬のように寒い。生徒が一人もいない校内は、こんなに冷えるのだ。

「千葉先生、このあいだのツイートの反応、すごかったですね」

 仲良しの先生が声をかけてくれる。卒業式の日、こんなツイートをしたのだ。「シンプルな卒業式になり、ごめん。でも、卒業生代表のことばが胸にしみて、あたたかい式になりました。この黒板の先にはいつもみんながいました」という内容で、俺の歌を書いた黒板の画像をつけて。

「読んでくださったんですね。ありがとうございます。いろんなコメントをもらいました」

 普段は、ツイッターで短歌を紹介すると30くらいの「いいね」がつく。それが、このときは一気に数百の「いいね」がついて驚いた。すぐにお礼のツイートをした。

「千葉先生、ちゃんと見た?『いいね』が1300くらいついていたよ」

「え?そんなにたくさん?」

 だいぶ前、少し変わったできごとをツイートして1万「いいね」をもらったことがある。でも、短歌を紹介して1千以上の「いいね」をもらったことはない。

 昼休み、ツイッターを見てみると、320リツイート、1400いいねがついている。すぐにお礼をつぶやく。

「桜丘高校の卒業式には、保護者の方にも、在校生にも、来賓の方にも、ご出席いただけませんでしたが、このツイートにお寄せいただいた反応が、いらっしゃるはずだったみなさんの人数にほぼ達しました。みなさん、卒業生への大きな拍手を、どうもありがとうございました」

 スマホに字を打ち込みながら、なんだかじんわり泣けてきた。ツイッターは、笑える話題を書き込むものだと思っていたけれど、まさかこうして泣きながらツイートをする日が来るなんて。

 ここでも書きます。みなさん、本当にありがとうございました。

 

 

長き長き手紙を書かむと思ひしにありがたうと書けば言ひ尽くしたり

稲葉京子『紅梅坂』

 

千葉 聡 @CHIBASATO

1968年生まれ。横浜市立桜丘高校教諭。歌人。第41回短歌研究新人賞を受賞。生徒たちから「ちばさと」と呼ばれている。著書に『短歌は最強アイテム』『90秒の別世界』など。「短歌研究ジュニア」の編集長も務めています。

卒業生退場のときに拍手を頑張りすぎて、そのあと三日間はペンを持つのが大変でした。

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(2020年3月13日 15:05)
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