沼田 晶弘
第35回 ワードバンク(4)
♣ルパン三世の置き手紙
おなじみ、ルパン三世は狙った獲物を盗んだ後、コミカルな似顔絵のついた犯行声明を残していきます。
「このお宝はいただいたぜ!」
ルパンタイムも同じです。
「この言葉はいただいたぜ!」
友だちの作文から、気に入った言葉=文章表現を「いただく」時間がルパンタイムです。
ルパンタイムが始まると、クラス全員が席を立って、気になるクラスメートの作文をチェックしに行きます。読まれる方は拒むことはできません。
自分が使えそうな表現があれば、「これ気に入ったからいただき!」という付箋をその作文に貼り付けていきます。ルパンの犯行声明です。「お宝(表現)」は自分のワードバンクノートに貯金し、以後、自由に使っていいというルールです。
つまり、ルパンタイムの間は他人の表現を公然とパクッてよいのです。作文がうまいと一目おかれている子の机の前には、どこかの人気店みたいにクラスメートの行列ができます。子ども同士であれこれ議論が起こって、教室はとても作文の授業とは思えないほどの騒がしさとなります。
♠「パクられた」方もうれしくなる
他人の作文をパクッちゃダメでしょ、ましてそれを奨励する授業なんて!
そう思われる方もいるかもしれませんが、文章でも絵画でも音楽でも、最初からオリジナルを生み出せる人は多くはないでしょう。子どもの頃はみんな必ず誰かをお手本にしていたはずです。「学ぶは真似ぶ」という言葉があるくらいで、真似することは学びの基本と言ってもよいはずです。
「人からパクる」ことがよくないとしたら、奪われた側が一方的に損して、奪った側だけが利益を得る不公平が生じるからです。
しかし、ルパンタイムでは奪われた方にも「恩恵」があります。それが犯行声明の付箋です。自分の作文にべたべた貼られた付箋は、クラスメートの賛辞そのものです。「この表現いいね!」「私にも使わせて!」「ありがとう!」という言葉が見える形で手もとに残るのですから、うれしくないはずがありません。自分の作文の「読者」が喜んでくれているのです。
いただいた方はもちろん、次は自分でその表現を使えるというメリットがあります。一方、いただかれた方は......さらに上を目指します。その表現をあっさり捨てて、また新しい表現を生み出そうと努力するのです。
子どもってすごいな、と実感する瞬間です。
♥全員が「勝者」になれるシステム
ワードバンクにおいて、インパクトライティング、NGワード、ルパンタイムは、切り離す事のできないひとつのシステムとして機能します。
これは、現実の経済循環システムとちょっと似たところがあります。
インパクトライティングとNGワードによって、文章力のある子はどんどん上達し、新しい表現を次々と「開拓」します。豊かな果実を手にしていきます。
それでもう十分と思われるかもしれませんが、塾ならばともかく、学校の授業としては問題が生じます。作文の苦手な子が置き去りになる可能性があるからです。
それを一気に解決するのがルパンタイム。作文の得意な子が生み出した果実=文章表現を、お宝としてクラス全体で分け合えばいいのです。
ルパンタイムでは、子どもたちは自分より文章のうまい子から公然と「学ぶ(真似ぶ)」ことができます。真似された方もクラスメートから賞賛を受け、感謝されるのだから、十分に「承認欲求」が満たされます。
うまい表現がクラスの共有財産になれば、クラス全体の作文レベルも底上げされます。その表現が使われすぎて「普通」になると、また斬新な表現が誰かによって生み出され、価値を認められ、クラスに広がっていくというわけです。
このシステムでは損をする子がいません。全員に何らかの利益があります。子ども同士で教えあい、学びあい、高めあうという、ボクが大好きな「Win-Win」の関係が作文の授業で実現するのです。(真ん中にiが二つもあるし!)
実はボクも、子どもたちから「いただいて」います。
インパクトライティングの「ドラマチックフィナーレ」という呼び方は、3月に卒業した6年生が2年生の時に考えたネーミングです。ボクは以後、それを使わせてもらっているだけです。タンニンにまで恩恵があった。これはもうWin-Win-Winですね!
♦ノートの厚みは子どもの財産
最後に、ワードバンクは仕上げとして「可視化する」ことがポイントだと付け加えておきます。
子どもがゲットした言葉や表現はすべてワードバンクノートに貯金されますが、子どもによって貯金の額やスピードは違ってきます。積極的に辞書を引いたり、ルパンタイムで貪欲に言葉を「いただく」子は、どんどん貯金額を増やしていきます。
ノートを1冊使い切るたびに、ボクは新しいノートと古いノートを糊で貼って合本し、背表紙をつけてその子の名前を入れます。ノートが十分に厚くなると、どーんと太い文字で入れて教室に飾ることにしています。子どもが達成したすばらしい成果は、昨年度の6年生の「花畑」のように、常に目に見える形にしておくことが大事だからです。
5年前の2年生のクラスでは、1年間で10冊もワードバンクを貯めた女の子がいました。彼女も卒業した「世界一のクラス」のひとり。ノートは机の上で自立するほど分厚くなって、貯金箱というより金庫のようでした。それは文字通り、彼女にとってかけがえのない「財産」となったはずです。
♣ボクがつい「銭形」になってしまう理由
日本経済を見てもわかる通り、どんなによいと思われるシステムでも、常に理想的に回るとは限りません。ワードバンクも、子どもやクラスが入れ替わればいろいろ効果が違ってきます。そこが学びの面白さでもあるのですが。
今の3年生は、残念ながらまだまだこのシステムを使いきれていません。せっかく表現をいただくためのルパンタイムなのに、付箋でただ感想を伝えるだけの子が多い。お互い褒めあうだけじゃ、ただのお客さんでしょう。もっとハングリーになってほしいんだけどなあ。
「何もいただかずに席に帰ってくるなんて、そんなのルパンじゃねぇぞ!」
最近、銭形のとっつぁんみたいにガミガミ言ってしまうことを、ちょっと反省しています。
34<< | 記事一覧 | >>36 |
沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。