沼田 晶弘
第36回 ひらがなプロフェッショナル(1)
♣2011年はボクの転機でした
ワードバンクの授業が確立したのが2011年、ボクが世田谷小で初めて2年生を担当した時だったことを前章で書きました。
振り返ると、その1年間はボクにとっていろいろな意味で小学校教師としてのターニングポイントでした。「ダンシング掃除」が誕生したのがこの年だし、保護者を招いての野外大カレーパーティー「時代おくれの2からディナー」を開いたのもこの年でした。このプロジェクトは約4か月かけてスプーンやお箸を木片から削り出し、粘土をこねて皿を焼き、石を割って包丁を作り、当日は巨大な寸胴で数時間かけてカレーを作ったというもので、いずれ改めて書く機会があるかもしれません。
その中から、同じ年にやった「ひらがなプロフェッショナル」という実践を紹介したいと思います。
なぜかと言うと、ワードバンクと同じ国語で、しかも「クラスの全員が勝者になれる」というボクの方法論を理解してもらえる例だと思うからです。
この実践については最近、教育専門誌にも書きました。もしお読みいただいている方がいたら、多少繰り返しになることをお許しください。
♠一文字しか練習しない授業って?
ひらがなプロフェッショナル(略称・ひらプロ)とは、「ひらがな一文字だけのプロになる」プロジェクトです。「あ」を選んだ子は「あ」だけ、「い」を選んだ子は「い」だけをひたすら練習します。他の字には目もくれません。
そのかわり、選んだ一文字については「誰よりも美しく書けるようになる」ことを目指します。
練習には、四角いマスに十字リーダーを切ったおなじみの国語ノートを使いますが、子どもたちはお手本を見ながら、リーダーの点々を数え始めます。「エンピツの線がどこを横切ったら一番キレイに見えるのか」「どんなカーブを描いたら美しいのか」を徹底的に研究し始めるのです。
でも一文字だけです。「あ」をマスターしても、次に「い」に進んだりはしません。
「え、他の文字はうまくならなくていいの?」
今首をかしげた方、その疑問はごもっともです(笑)。完璧に美しく書けるようになるのは一文字だけ。残りのひらがなは、まあ普通に書ければよいのです。
♥他人と比較されないから自信がつく
ひらプロの最大のポイントは、
「他人と競争しなくてよい」
この一点に尽きます。
もし50音すべてを書き取りさせたら、もともと字のうまい子とへたな子の違いは歴然でしょう。この差はちょっとやそっとの練習で埋まるものではありません。字のへたな子は劣等感の塊になってしまうかもしれない。文字の練習が「嫌な授業」になってしまうのです。
しかし、ひらプロでは「あ」を研究しているのは自分しかいません。(子どもには最初に好きな文字を選ばせますが、ダブった場合はジャンケンさせたり、自分から別の文字に移ったりするケースもあります。)他の誰も「あ」は書かないのです。自分より字のうまい子を意識する必要がない。タンニンにも相対評価されないから安心。「あ」のひとりじめ。ワン&オンリー。「世界に一つだけの花」です。
自然と自信がついてきます。何しろ、「X(任意のひらがな)を書かせたらクラス一」という称号が、全員もれなくゲットできるのです。友だちから尊敬される上、「ここがコツなんだよね」と書き方をお互い伝授することさえできます。子ども同士で勝手に学びあいが始まるのです。
ボクは最初こそ書き方の授業をしましたが、そのうち子どもに「ぬまっち、字が違うんだなあ、こうやって書くの!」と、かなり直される羽目になりました。
♦1年生相手に「ひらがな商店街」を開く
さて、せっかく「ひらがなのプロ」になったのだから、クラスの中だけで終わるのはもったいない。
世田谷小では2年生と1年生が「お相手さん」というペアを組む仕組みになっています。そして1年生も授業でひらがなを練習している。ボクたちもお相手さんに書き方を教えてあげよう! と、学年を超えたワークショップを開くことにしました。
名づけて「ひらがな2丁目商店街」。なんで2丁目かというと、このクラスが2年2組で、「2がいっぱいあるよね」というただそれだけのネーミング(笑)。
子どもたちが教室の机でそれぞれ「店」を構え、1年生に自分の得意な文字を教えるという趣向です。やってきた1年生はどれでも好きな文字をハシゴして学ぶことができます。
「1年生でも字のうまい子はいるんだよね。緊張する~」
と、字の苦手な男子は言っていましたが、
「全部書いたら負けるかもしれないけど、1文字だけなら大丈夫でしょー!」
「そうそう、おまえも『あ』だけはうまいから!」
そんな感じでした。
「ひらがな2丁目商店街」は1年生も大喜びして大繁盛。すっかり気をよくしたボクたちは、さらに目標を高く掲げることにしました。
「今度は大人にも教えるぞ!」
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。