沼田 晶弘
第34回 ワードバンク(3)
♣東日本大震災で学んだこと
ボクがインパクトライティングやNGワードを最初に思いついたのは、世田谷小に赴任してすぐですが、はっきりその方法を確立したのは11年に2年生を持った時でした。このクラスの3分の1がこの間卒業した「世界一のクラス」のメンバーです。
この年の3月に東日本大震災が起こりました。
東京電力福島第一原子力発電所が停止した影響で、首都圏の電力が足りなくなるとさんざん言われ、しばらくの間、夜の街から明かりが消えました。それまで毎日当たり前に使えていた電気が急に使えなくなった。しかし、東京にそれほど大きな混乱は起きませんでした。節電するとか、ローソクを使うとか、早めに寝ちゃうとかで、何とかすることができた。
そんな中、みんなで集まって鍋パーティーをする機会がありました。節電のため部屋の照明を暗くして、でもそれがいいムードになって結構楽しかった。よけいな電飾を消した街も、それはそれでキレイだった。
電気はあったら便利だけど、なければないで工夫して楽しめるものだなあ。いつもあったらこんな工夫しないよな、とボクは思いました。
言葉だって、そうじゃないか?
ボクはこの時、NGワードの実践は効果があると確信したのです。
♠「使いやすい言葉」をあえてNGに
今日は○○できて、うれしかったです。
今日は××したので、たのしかったです。
文法に何ら問題はありません。小学生として非常に普通の作文です。
しかし、もし、「うれしい」「たのしい」という言葉が使えなくなったら? 電気のようにあって当たり前、イージーな表現が禁じられたら子どもたちはどうするでしょう。
ボクは5年前、2年生のクラスでこれを実際にやってみました。作文で「うれしい」「たのしい」という言葉を使うことをNGにしてみたのです。すると、
心に花が咲いた
心が温かくなった
という「心シリーズ」を子どもたちは発明しました。さらに意地悪に、「心」もNGワードにしてみました。すると、
今なら空を飛べる気がする
のような、文学的とも言える比喩表現を使う子が現れて感心しました。(7歳そこそこなのに!)
イージーな表現が使えなくなると、文章の上手な子は次々と新しい表現を生み出すことがわかりました。それはそれですばらしいのですが、このままだとうまい子のためだけの授業になってしまう。
さて、どうしたものか。
♥禁止されると子どもは燃える
2016年の3年生の教室に戻ります。
「運動会について書くんだから......『がんばる』をNGにしようか」と、ボクは黒板に、
NGワード:がんばる
と書きます。
ええー? という子どもたちの声。
「それと『練習』もNGだな。『練習がんばります』とかダメだよ」
えええー?? さらに不満のオクターブが上がります。
そのほか、「いっしょうけんめい」「すごく」「たのしい」「ぜったい」「優勝」「勝つ」などもどんどんNGワードに追加します。「いっしょうけんめい練習して、ぜったい運動会で優勝します」みたいな、多くの子が書きそうな表現をあらかじめ封じてしまいます。
これは中学生、高校生あたりでもキツい縛りかもしれません。「何でこんなにNGワードが多いの?」と子どもたちはブツブツ文句を言います。
「作文が苦手な人は困るかもしれないけれど、自分が一番思いつきそうな、使いそうな言葉をNGにすると、どんどん成長するから!」
顔や口調は不満そうでも、子どもたちが本音ではけっこう楽しんでいることを、ボクは知っています。
「ペンキぬりたて」と書いてあるとつい触りたくなるように、子どもはものごとを禁止されるとかえって燃える習性があることは、前にもお話しました。「ダンシング掃除」が、その原理だったことを思い出してください。
♦その言葉、本当に通じていますか?
「かわいい」とか「うざい」とか「やばい」とか、その一語であらゆることが表現できる言葉が、とくに若者の間で多いと思います。それさえ使っておけば、何となくみんなの間で通じるような、便利な言葉。
でも、本当に通じていますか?
通じている気になっているだけではありませんか?
それらの言葉がNGになったら、代わりにどんな表現を使いますか?
時にそう考えることが、豊かな言葉の獲得につながるとボクは思っています。
♣それでも作文が苦手な子をどうするか
しかし、これだけではまだ足りないのです。
インパクトライティングとNGワードで、作文が得意な子はどんどん伸びますが、そうでない子はいつまでも立ち止まってしまうことになります。書くことが苦手だと、なかなか新しい表現が思いつかないからです。学校の授業としては、もう一つ工夫が必要です。
15分たってタイマーが鳴りました。作文タイムは終了です。
「ではこれから、ルパンタイム!」
ボクは高らかに宣言します。ルパンタイムって何? 引っ張りまくってごめんなさい。来週がクライマックスですから!
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沼田先生略歴
ぬまた・あきひろ 1975年東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、米インディアナ州ボールステイト大学大学院でスポーツ経営学修了。2006年より東京学芸大学附属世田谷小学校教諭。生活科教科書(学校図書)著者。企業向けに「信頼関係構築プログラム」などの講演も精力的に行っている。新刊『「やる気」を引き出す黄金ルール 動く人を育てる35の戦略』(幻冬舎)、『ぬまっちのクラスが「世界一」の理由』(中央公論新社)が発売中。