異見交論38 「多様な性」に向き合う女子大 髙橋裕子学長(津田塾大)

髙橋裕子 1957年生まれ。津田塾大学学長。1980年津田塾大学英文学科卒業。筑波大学大学院修士課程修了。米・カンザス大学大学院にてPh. D.取得。16年より学長。専門は、アメリカ社会史(家族・女性・教育)、ジェンダー論。著書に「津田梅子の社会史」(玉川大学出版部、アメリカ学会清水博賞)等。

 女子大学が「女性」の定義の見直しを検討している。性同一性障害を持つ人や性別を変更した人を受け入れ、支えることができるキャンパスをつくろうとしているのだ。だが、共学化ではないという。「世界の動きをいち早く捉え、変革を担う女性を輩出する。それが女子大のミッションだ」と語るのは、津田塾大学の髙橋裕子学長。女子大はどう変わろうとしているのか。そして、社会に何を問いかけていくのか。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


 

■「女性」か「男性」ではない

――「女性」の定義の見直しを検討していると聞いたが。

 

髙橋 今すぐに「女性」の定義を変えるわけではない。本学だけでなく、日本女子大ほか複数の女子大学と情報交換をしながら、世界の動きをどう捉え、何をする必要があるか、検討している段階だ。

 

――なるほど。津田塾ではどのように検討を進めているのか。

 

髙橋 2017年度に委員会を作って、話し合いを進めている。学長、副学長、学部長、ウェルネス・センターやインクルーシブ教育支援室の責任者らで構成し、性同一性障害や性別を変更した人を受け入れるべきかどうかを学内で考えている。大学の委員の意見だけでなく、法律の専門家や医療従事者ら、大学の外の専門家からも意見聴取をし、今後は在学生の意見も聞く予定だ。女子大としての歴史を築いてきたのだから、卒業生の意見も聞く必要がある。

 

――なぜ「女性」の定義を議論の俎上に載せるのか。

 

髙橋 いま世界で、性別のとらえ方が変わっているからだ。性は女か男のどちらか二つしかないというとらえ方が変化してきている。「スペクトラム」という言葉を使うこともある。性には「幅」があるといったらいいのか。私は「性のバリエーション」という言葉を使いたい。

 

 

――すでに米国では、こうした問題と向き合っているとも聞いた。

 

髙橋 米国で大きな動きがあったのは、2013~14年にかけてのことだ。当時、私はフルブライト客員研究員として、ヒラリー・クリントン氏の出身校である米国・ウェルズリー大学に滞在していた。

 すでに当時、元国務長官だったクリントン氏と米国の名門女子大5校が、2050年までにパブリックサービスの分野での女性の割合を50%にすることを目標に掲げ、プロジェクトに取り組んでいた。その調査を通して、21世紀の女子大の存在意義は、女性に特化したリーダーシップ育成にあると実感した。一方で問題になっていたのが「女性」の定義、トランスジェンダーの学生の受け入れ問題だった。身体とアイデンティティの観点から、女子大学としてどこで線引きをすべきか、が議論されていた。

 結果として、2014年から15年にかけ、トランスジェンダーの学生を受け入れるというアドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)が5女子大で次々に公表された。

 

――どのような人を受け入れると明言しているのか。

 

髙橋 たとえば、5大学の一つ、マウントホリヨーク大学では、「身体の機能で女であるかどうかを判断することはできない」とした。出願資格がないのは「生物学的に男性に生まれ、男性と自認している人」だけだと明快に示したのだ。

 

――5大学のアドミッションポリシーを調査する過程でわかったことは。

 

髙橋 共通するのは、5大学とも女子大という大学アイデンティティを堅持したことだ。学生や教職員、卒業生らの意見を聞きながら、再確認した。出願時点の性別は自己申告制とし、政府機関が発行する身分証明書や出生届のような文書によって性別を判断しない方針で、5大学とも一致した。そのうえで、いったん入学した学生に対しては、性別が男性に変更された場合でも学生を支援していく方針を明示している。

 

 

■教職員の意識改革と安心・安全なキャンパス

――組織としての対応はもちろん、教職員がどう向き合うかも、問題になるだろう。

 

髙橋 重要な問題だ。教職員は教育に当たって、自分の思いこみで学生に向き合ってはいけないということだ。そこで、例えば米・ミルズ大学では、教員は、初回の授業の際、学生になんと呼ばれたいのか確認し、使ってほしい人称代名詞も尋ねることにしているそうだ。教務課から渡された名簿どおり、機械的に呼んでいないだろうか。見た目にとらわれて、「He」(彼)や「She」(彼女)を使っていないだろうか。学生は「マイク」と呼ばれたいのに「メアリー」と呼ばれて傷ついている場合もある。こうした問題は女子大特有のものではなく、共学の大学でも経験することだ。安心・安全なキャンパスとは何かが、問われている。

 

――確かに。どこの大学でも起こりうる問題だ。女子大ではより鮮明に「多様な性」の受け入れが問題になる。

 

髙橋 出願時だけでなく、在籍中に「自分は男性だ」と気づいた学生をどう支えるか。学生寮やトイレ、更衣室などハード面での問題も出てくる。

 

 

■女性をエンパワーする女子大

――学内の会議はどのような方向で話し合いを進めているのか。

 

髙橋 トランスジェンダーの学生だけでなく、性的少数者(LGBT)や、少数者としての困難を抱えている人。そういう全体への意識を高めていくようなカリキュラムが必要だ。教職員の研修は欠かせない。学生にとって学びやすい、教職員にとっても働きやすい環境が確保されていることが何より重要となる。今年度は、性的少数者についての研修を行った。女子大としてどういう形での受け入れをするか。発信の仕方も考えなくてはいけない。

 

――いつ結論を出すか。

 

髙橋 ここ数年で結論を出す。5年も10年もかけるわけではない。

 

――女子大の使命とは。

 

髙橋 本学に飾られている津田梅子の屏風絵を見てほしい。草履を脱いで、前を向き、視線の先にある未知の世界に立ち向かう、積極的な姿勢を示している。これが本学の建学の精神を象徴する姿だ。世界の動きをいち早く捉え、変革を担う女性を輩出する。それが女子大のミッションだ。性にバリエーションがあるということを社会全体でどのように定着させるか。多様な女性のあり方を包摂していく過程で、マージナル(周縁)に置かれている人たちがもっと力を得て、自分たちの力を信じて社会のエージェント(主体)になれるよう支えていく。それが、女子大のミッションと考える。

 政治や経済の分野で女性の地位は低い。アメリカでもトップに近くなるほど、女性の姿は見えなくなっていく。トップにいる人たちはそういう社会のあり方に気づいていない。女性が女性の力を信じられる。そのためにのびのびと力量を育む(エンパワー)ことができる、性役割にとらわれない学びの空間を作りたい。

 

守屋多々志作『アメリカ留学(津田梅子)』の前で。画中の左から2人目が梅子(東京都小平市津田町の津田塾大学で)

おわりに

 「女の子は女の子らしく」――親に言われたことはないが、よく耳にしたこの言葉が幼い頃から嫌いだった。「らしく」が何を意味するのかがつかめず、何を求められているのか理解できなかったからだ。いま、女性の定義が変わりつつある。それで、旧来の「男は男らしく」「女は女らしく」が死語になるのか。生き方、働き方も変わるのか。

 2017年4月、大学は「アドミッションポリシー(入学者受け入れの方針)」の作成と公表を義務付けられた。単なる作文に過ぎないと高をくくっていたが。どっこい。社会を変える力もはらんでいるとは。風の行方に注目したい。(奈)


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(2018年2月23日 15:00)
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