異見交論58 採点される学長 三村信男氏(茨城大学長)

みむら・のぶお 1949年、広島県生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。専門は地球環境工学、海岸工学。主な著書に「サステナビリティ学をつくる――持続可能な地球・社会・人間システムをめざして」。

 大学運営・教学のトップ、学長を評価する国立大学が増えている。中でも茨城大学は目立つ存在。学内外の委員で構成する学長選考会議が「数値」で評価し、その理由も付してホームページで公開しているのだ。企業でいえば、社員と社外のメンバーが社長に点数をつけて公表するようなもの。トップを採点することで、何が見えてきたのだろうか。すでに3年間評価を受けている三村信男・茨城大学長、本人に聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈、写真も)


 

■大学運営は「3.9/5点」

――最新の評価を見せてもらった。5点満点で、教育、研究、地域連携、国際交流はいずれも4点を上回っていたが、大学運営だけは「3.9」だった。学内からの不満が目立つ。「まず人件費削減ありきという施策で教職員の業務負担が大幅に増え、疲弊さえ招きつつある」「教職員の不補充※や削減などで現場に大きな負担を生み出している」などといった批判の声が並んでいた。

>>茨城大学ウェブサイト「学長選考会議による学長業績評価」

 

※教職員の不補充

運営費交付金の削減を受けて、多くの国立大学が教職員の削減を進めている。定年を迎えた教職員の後を補充しないケースが目立つ。

 

三村 厳しい声があるのは当然だ。評価に対して、一喜一憂はしない。どういう受け止め方をされているかを知り、今後に生かすための評価だからだ。

 財務実行計画を推進している。当然、人事給与改革システム※の制度設計が大きな課題となる。教職員の努力に見合った人事や給与に見直したい。内容について現時点で詳しくは申し上げられないが、2018年中に骨格をまとめ、できれば今年度内に学内に説明したい。

 

※人事給与改革システム

「国立大学改革プラン」(2013年)で打ち出された。年俸制導入など柔軟な人事給与システムが盛り込まれた。

>>文部科学省ウェブサイト「人事給与マネジメント改革の動向及び今後の方向性」(PDF)

 

――学長評価はどのようなシステムで動いているのか。評価基準は誰が決めているのか。

 

三村 学長選考会議※のメンバーが作った。まず、私が学内の現状や教育改革を30分程度で説明する。それを会議のメンバーが聞いて点数とコメントをつけ、評価書として、1か月後ぐらいに直接、渡される。評価の観点や仕組みも、すべて会議に任せている。

 

※学長選考会議

学長を選考する会議体。学内関係者と学外有識者が同数。

 

――業績評価で何が見えてくると仮説を立てたのか。

 

三村 二つの方向で新しいことがわかるのではないかと考えた。一つは、自分を見直すいい機会になるのではないかと。学長としてこの1年間、何をしたのだろうかということだ。もう一つは、それに対する学内外の人の、批判も含めた評価が得られる点だ。二つをそろえれば、自分がしたことを相対化できる。

 

――なるほど、リフレクションと評価か。三村さんを学長に選出した会議による評価であることも重要だろう。

 

三村 選考会議は大学の中で独特の重要な位置を占めている。国立大学の学長は教学責任者で、同時に経営責任者。学内で非常に強い権限を持っている。その存在に対抗できる組織や人が必要だ。いまの国立大学法人制度の中で学長に対抗できるのは、会議と、文科大臣が任命する監事しかいない。その人たちは、当然、尊重されなければいけない。

 

 

■自転車操業状態

――学長評価も含め、学長として見えてきたことは何か。特に財務と人事について聞きたい。

 

三村 教育や研究、社会貢献、国際化などの改革はある程度、結実しつつある。ただし、長期的に継続して改革を進める経営基盤が弱すぎる。毎年、財務は自転車操業状態だ。剰余金が出ても、中期目標期間が来たら返納※しなくてはいけない。先日、米国のある学長と話をしていたとき、どのように基金を作っているかと問われたので、我々は返納していると答えたら、驚かれた。「どうやって将来、大学を経営していくつもりなのだ。ある程度積み立てたらキャンパス整備に使うとか。それがアメリカの経営スタイルだ。積み立てもできないで、どうやって大学を経営するのだ」と。私も同感だ。毎年毎年の精算のうえに、中期目標期間でも精算といった仕組みが大きな問題だ。

 

※中期目標期間が来たら返納

中期目標期間(6年間)終了時の積立金のうち、使途が決まっていて文部科学相の承認を受ければ、繰り越すことができる。単に運用しながら増やす「基金」として手元に残すことはできない(国立大学法人法32条)。第2期(2010~2015年)から第3期(2016~2021年)に移行する際、国立大学の積立金総額550億円のうち27億円が国庫に返納された(下図参照)。

 

 

――財務はもう一つの問題、人事にも直結する。

 

三村 他の国立大学同様、本学も教員数を削減している。65歳の定年退職者の補充をしないという形での削減だ。定年退職者が5人でも、3人しか補充しないということだ。第3期の終わりまでの定年退職者数を学部ごとに把握して、この年に辞めた人のポストは何学部と何学部だけで補充する、など細かく計画を立てて管理している。

 

――教員たちに反発があったのではないか。

 

三村 もちろん反発はあった。なぜうちの学部で減らすのか、と。新規採用者は若手の助教と決めている。他の国立大学と同様、本学も「トップヘビー」。高年齢者層が多い。だからずんどう型になるように計画している。若手の増加で、教育・研究の力をつけていきたい。

 若手にはクロスアポイント制度※テニュワトラック制度※を入れて、やる気の維持や組織の活性化を図っている。若い人を増やし、大学を元気にしたい

 

※クロスアポイント制度

二つ以上の機関に雇用された教員について、それぞれの機関が従事比率に応じた給与や社会保険の負担をする業務を行う。組織を超えた人材の活躍が期待されている。

 

※テニュワトラック制度

若手研究者が自立的に研究できる環境を作った上で任期終了前に公正な審査をし、安定的な雇用(テニュワ)の継続に結びつけるシステム。大学には「徒弟制」が残存しているため、自由な研究環境がなく、必ずしも公正で透明な審査で教員が採用されていないなどとして、第3期科学技術基本計画に盛り込まれた。

 

――今回の業績評価では、「改革疲れ」とか「本務に集中できる時間が減っている.先生の時間を確保するよう、考えてほしい」といった要望が出ていた。

 

三村 真摯に受けとめている。いま世の中で起きている変化に対応できる教育内容にし、学生自身が主体的に学ぶアクティブラーニングを中心とした授業スタイルに変えて、丁寧な教育にしようとすればするほど、教員の労働、待遇問題とぶつかってしまう。

 

――教員の労働、待遇問題は、研究力の低下ともつながっている。

 

三村 最近の統計をみると、大学教育や研究に関する日本のプレゼンスが落ちている。最大の原因は、科学技術への公的な投資が他国に比べて停滞しているからだ。それに比べ、例えば中国。2000年以降、科学技術予算を10倍以上増やしたら、それに伴って論文も増えている。

 国立大学では、運営費交付金の削減が問題になっている。国立大学の弱体化は、日本の将来にとってマイナスになるはずだ。大学側も努力するが、社会の理解もいただいて、研究力をサポートする資金を充実させて欲しい。そのためにも、財務の在り方は重要だ。学長を務めてわかったのは、基金をつくれないということだ。私は(中期計画)第2期の終わりから第3期の中盤が任期だ。第2期から第3期に移るときに国への返納によってお金がゼロになった。ゼロからの出発は本当に大変だった。どうしようか、どうやってお金を工面しようかと思った。

 

――よく学長を引き受ける気になった。

 

三村 よくそう言われる(笑)。学長を拝命した時に、こんな仕組みなのかと初めて知ったのだから。そういう意味で、若い人が研究教育だけでなく大学経営の部分でも、大学の仕組みや予算の仕組みを知り、議論する場が重要だ。

 

 

■社会と乖離した教育

――国立大学とは何かが問われている。

 

三村 国立大学は社会の公器、社会の公共財だ。社会にはたくさんの基盤があるが、変化の速い時代に社会が持続的発展するために不可欠のインフラが、国立大学と考える。その役割を果たすには、従来のままではいられない。改革と、それを支える安定的な経営基盤の構築が必要だ。どこをどう変えるべきか、就任時以来、ずっと頭を悩ましている。

 

――具体的には。

 

三村 問題は3点ある。「大学の敷居の高さ」「供給者サイド(教員)の考えで教育が構築されていること」「大学のビジョン、方針が教職員に伝わっていないこと」だ。

 3年前の学長就任直後、地元自治体の首長や企業経営者たちに会った際、異口同音に言われたのは、「大学は敷居が高い」。真意を尋ねると「中で何をしているか見えない」。

 教育の内容にしても、社会がこんなに急速に変わっているのに、講義の中身は変わっていない、対応しきれていない。社会との距離をどう縮めるか――教育内容や方法を変えることが不可欠だ。茨城大学に34年ぐらいいるが、どうみても供給者サイドで教育が構想されている。学生は、教わった知識ではなく自分で考え、生きていかなければならない。そのための力をつけるために、教育を学生主体に切り替える必要がある。

 

――3点目、「大学のビジョン、方針が教職員に伝わっていないこと」とは。

 

三村 確かに、私も一介の教員だったときには、学長が何を考えているか知らなかった。公正で風通しのいい、開かれた大学運営をし、学内コミュニケーションの強化を図らなければいけない。改革案を作って実行するときには、教員との意見交換会を年に35回ぐらいやった。それを2年間ぐらい続けた。教授会でも何でも、出てくる質問には何人でも全て答えた。学生との懇談会も行った。学長だよりも出している。「公正で風通しのよい開かれた大学」を目指している。

 学長業績評価は風通しを実現する仕掛けの一つだ。学内の会議を意味あるものにすることも欠かせない。たとえば、従来の教育研究評議会は、学則をどう変えるかとか、そういうことばかりを議論していた。そうではなく、どんな教育をしたらいいのか、困っているのは何かを議論しようではないか、経営協議会にしても、こちらの情報を出して学外の委員にも討議してもらう場を作ろうではないか、と考えた。2017年から、学外の意見を聞くための学長アドバイザーを企業や自治体など4人の方にお願いして、随時来ていただいている。

 

――社会と乖離した教育、学内も分断......。国立大学に対する風当たりは勢い厳しくなる。

 

三村 改革ができていないと批判されているが、第2期の中盤以降、ドライブがかかって、相当進んできたと思う。その実態が世の中に伝わっていないのではないか。国立大学は日本の高等教育、科学技術の向上を担う、公共的性格が強い。私立大学や公立大学にも支援は必要だが、歴史的に見た価値、例えば日本の研究論文のうちの半分以上を書いてきたといった成果もいったん壊して新しいものを創造するのは、大変なことだ。

 その中での高等教育の無償化は、困難な人の意欲と能力を生かし、未来を切りひらくといった視点から、良いことだと思う。そうやってきて来てもらうのであれば、大学には一層しっかり教育する責任がある。

 

――国立大学法人化をどう評価しているか。

 

三村 法人格を与えて自立的な運営が出来るようにしたのは、意義があった。だが、運営費交付金がある一定水準で維持されないと、理念を実現するのは困難。長期的な運営にハードルを設けたのは大変な問題だ。努力して毎年剰余金を生み出し、留保できるような、長期的な財政基盤の強化策が必要だ。中期目標期間だけで完結する財務は非常に不安定。ゼロに戻ってまたスタート、繰り返しになるが、それが最大の障壁だ。

 

――やはり、国立大学法人法の改正が必要ではないか。各大学の努力では追いつかない。

 

三村 このまま運営費交付金が減らされていけば、機能不全に陥る大学が出てくると思う。我が国にとっては大きな不利益だ。

 

 

■持続可能な日本にするために

――サステナビリティー(持続可能性)、日本を持続可能にするために、国立大学を現状のままにしておいていいのか、という問題意識か。

 

三村 高等教育と研究のインフラ、明治時代以降の知の蓄積。これだけまとまっていて、しかも全都道府県に配置されているものはないのだから、うまく使わない手はない。我々も必死で考えるから、政策を作る人も考えてほしい。自分で稼ぐ必要性は重々わかっている。だが、単にそれだけが政策だと、持っている蓄積を最大限活用することはできない。

 

――「自分で稼げ」を政策と言っていいかどうか......。学長は地球工学が専門だが、まさか日本と大学のサステナビリティーに奮闘することになるとは思わなかっただろう。

 

三村 そうだ。昔、環境保全と経済は「けんか」していた。経済を成り立たせようとすると、環境は悪化せざるを得なかった。

 だが、これからは違う。環境を守ろうとするところに経済的なチャンスがある。気温上昇を2度以下に抑え、地球環境を守るためには、再生可能なエネルギーにしなくてはいけない。車も二酸化炭素を出さないようにしないと。そうなると、エネルギーシステムも、ものづくりのシステムも、ライフスタイルも転換していかなければならない。地球環境を守る方向にシフトした方が、成長の機会がある。グリーンエコノミーは、環境と経済がお友だちになるということだ。そこに大きなパラダイムシフトがある。持続可能性を取るか、技術革新を取るかの二者択一ではない。日本の将来を切りひらくために、国立大学がうまく機能を発揮する必要がある。どう組み合わせ、シフトしていくか、なのだ。

 


おわりに

 大学本部が管理する学内スペースを使う際に料金を支払う「スペースチャージ」、トイレットペーパーやパソコンなどの消費財や備品を他大学と一括して購入して単価を下げる「共同購入」など、国立大学は様々な経費削減の工夫を続けている。だがその結果、剰余金が出たとしても、一定条件をクリアしないと次の中期目標期間に繰り越せない。自主自律的な「経営」をうたって始まった国立大学の法人化なのに、実際には自由に手足を動かせる仕組みになっていないのだ。

 法人化を決めた当時の新聞を見返すたびに思う。政府は、国立大学をどうしたかったのだろうか。では、手かせ足かせが外れたら、国立大学は何をするのだろうかと。(奈)


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(2018年11月27日 17:33)
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