海外で学ぶ・リレーエッセー[75]カナダ、マギル大 塗りつぶされることのない光

大学近くのカフェで友人とおしゃべり(右)

神奈川県立神奈川総合高等学校卒、マギル大学(カナダ)4年(21年3月時点)

加藤 このみ さん

Kato Konomi

 "McGill University is situated on the traditional territory of the Kanien'kehà:ka, a place which has long served as a site of meeting and exchange amongst nations. We recognize and respect the Kanien'kehà:ka as the traditional custodians of the lands and waters on which we meet today."

 

 ジェンダー学の講義で最終プレゼンテーションを行う前、いつも通りのフレーズを口にして、少しの間、耳を澄ます。人の視線が集まると陰に隠れたくなってしまう私に勇気を与え、ぴりりと気を引き締めてくれるこの言葉は、Land Acknowledgement(領土の承認)と呼ばれるものだ。

 

 16世紀以降、フランスやイギリスから人が移り住み、カナダという国が創られた。だが、彼らが競うように奪った土地はもともと、先住民族のもの。Land Acknowledgementは、この大地を守ってきた古の人々に敬意を表す声明であり、マギル大学で行われる発表などでは、Kanien'kehà:ka(カニエン・ケハカ)=モホーク族への敬意を、冒頭あいさつに引用することが定着している。現在を形づくる歴史に光を当てる、カナダならではの多様性だと思う。

 

 この「多様性あふれる学び舎」に憧れて大学の門をくぐったのは、2017年9月。ここでは、留学生というラベルを貼られたことが一度もない。教授やクラスメートとしばらく会話をした後で「ところであなた、カナダ出身?」と聞かれることは、日常茶飯事だ。

 モントリオールのレストランに入れば、「bonjour(ボンジュール)!」と陽気なフランス語で迎え入れられる。自分が多様性の一部となり、目に見える"違い"で決めつけられることのない環境は、想像以上に心地が良かった。

キャンパスのシンボル、Arts Building。教養学部のある建物で、歴史を感じる重厚な作り。ここで行われる講義は一層気が引き締まる

 ところが、1年生で履修したカナダ学の講義で語られたのは、時代を超えて先住民の声を奪う植民地主義政策や、日系カナダ人に対する残虐な差別の歴史。それは、多様性という色に塗りつぶされて、「見えなくなったもの」の存在だった。それからずっと考えている。どうすれば、暗がりで息をひそめるものたちに目を向けて、その声を聞くことができるのだろう?

 

 「みんな、このクラスには自由に子どもを連れてきてね。教室は学生だけのものじゃないから!」──。

 フェミニズム論の教授は、講義初日にそう言って豪快に笑った。驚いたのは次の講義日。数名の学生が自分の子どもを連れて来た教室は、まるで穏やかな大家族の食卓だ。子どもを朝早くから託児所に預けることが難しい学生がいることを想像したうえで、それを見えないままにせず、大胆かつ慎重に、声を拾った瞬間を見た。

日本語会話クラブのメンバーたちとピザ屋さんで食事!大学の学食を含め、市内では多種多様な国の料理が気軽に食べられる(左列、上から3番目)

 コロナ禍での学生生活は、私に思わぬ発見を与えてくれた。2020年秋学期に履修していたコミュニティ・アカデミック・パートナーシップの講義。ジェンダー学専攻最終学年の学生を対象とした実践型セミナーで、モントリオールで社会正義に関する活動を展開する団体と4か月間の協働プロジェクトを行う。

 問題は、パンデミックの影響で私だけ一時帰国していたことだ。講義はオンラインで行われることになったのだが、時差の関係でクラスメートや現地の団体とのミーティング調整が難しく、受講できないかもしれないと途方に暮れた。

 

 それは杞憂だった。教授による一対一の手厚い指導のもと、先住民コミュニティにおける性と公衆衛生の研究指針を作成することができた。

 というのも、相談を重ねた末に教授は、私の興味をもとにオリジナルの講義を設計してくれたのだ!

 学部だけで3万人近くが在籍する大学で、私のためだけに作成されたシラバス。教授にとって、近くに存在しない私が「見えないもの」になっていた可能性は十分にあったはずなのに...。自らが尊重され、光を当てられることの喜びを痛感した私は、暗がりの中でもはっきりと「見える」、輪郭を手にした気分になった。

 

 大学では心赴くままに様々な授業をつまみ食いしてきたが、あたたかな空気を纏ったジェンダー学の教室と、心配りを欠かさない教授の眼差しは、いつも居場所を与えてくれた。そこには、多様性の中に溶けることなく、すっくと聴衆の前に立つ自分がいる。さあ今日も、あの言葉とともに。ここで確かに響く息吹を聴いて、心からの謝辞を。

会員となっているモントリオール日本人青年会のミーティングで(写真はいずれも本人提供)

マギル大学

ケベック州モントリオール市にある公立の総合大学。1821年に創立されたカナダ最古の大学で、ブリティッシュコロンビア大学やビクトリア大学など数々の他大学創立に貢献した。フランス語圏であるモントリオール市内にキャンパスを構えるが、講義は一部を除き全て英語で行われる。

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海外留学を目指す高校生に進学支援を行っているNPO法人「留学フェローシップ」のメンバーが、海外のキャンパスライフをリレー連載します。留学フェローシップの詳細は>>ウェブサイトへ。

(2021年5月 6日 11:08)
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