埼玉県立大宮高等学校卒、ヴァン・ホール・ラーレンスタイン応用科学大学(オランダ)食と花卉の国際ビジネス学科3年(21年6月時点)
森田 早紀 さん
Morita Saki
1学年の1学期からこけた。完璧だと思ったのにこけた。いや、完璧すぎたからこけた。
あれは2018年9月、オランダ東部、人口2万弱の町ヴェルプにある応用科学大学に入学して間もないとき。英語で行われる講義で私たち3人グループに出されたのは、自分たちで選んだ食品のサプライチェーンのレポート課題だった。私の提案で「海藻」を選び、生産・貿易等の実態を調べたのだが、完璧を追い求める私のスタイルが裏目に出てしまった。2人の文献調査や書き方で気づいた点を指摘。修正が不十分だと感じた箇所は私が再修正した。
リーダー的な役割を担ったと言いたいところだが、「いったん自分の思うように直させてよ」という反発を受けハッとした。レポートは100点満点だったが、チームの2人は不満と負担を感じ、学びあって創るという大切な機会も逸してしまった。どこの国であろうが、やってはいけないこと。もう、大反省である。
私はなぜ、つまずいたのだろう。
グループ作業に不慣れであった。多文化チームで違いを認める大切さや認め方がわかっていなかった。そこに私の完璧主義的な一面が加わり、質の高いレポートを仕上げる責任とプレッシャーを過度に感じてしまった。
日本でも教え合いと励まし合いはあったものの、最終的には自分が良い成績を取り、「良い大学」に入ればOKという空気を感じた。しかし、ここヴェルプにおける環境は課題を提出すればいい、というほど単純ではない。
第1学年最後のグループ課題を発表するイノベーションフェアにて。廃棄野菜を使った高齢者向けのスープのビジネス計画を立てた。4か国6人の力を合わせるのは難しい場面もあったけれど、皆が満足する結果となった(大学のカフェテリアで) |
10以上の国の学生が集まる講義とグループ課題には多様な個性に加え、国によって異なる「当たり前」が混ざり合う。焦るくらいなら締め切りを伸ばすと教授に交渉する人、何が何でも締め切りを守る人。リーダーに決定してほしい人、みんなで決定したいリーダー。違いを理解したうえで、チームで戦略を立てて協力する必要がある。
これらは今も私の課題だ。幸い、毎学期のグループ課題と、毎週の教授や仲間からのフィードバックを通して、だいぶ多文化チームワークに慣れたように感じる。
このフィードバックにも挑戦が待ち受けている。課題や態度の評価をし合うのだが、こんな言葉が学生間で飛び交う。
"You missed the deadline twice without notice. If you do it again, you will be kicked out of the team"
"Please write more professionally, your writing is not acceptable in this report"
最初、喧嘩を売っているのかとびっくりしたが、そうではない。
講義中、教授に対して "Actually, I disagree with you" と異を唱える学生もいて、当の教授はそうした意見を聞くことを楽しんでいる。そして、この異論提起からクラスを巻き込む議論に繋がることも少なくない。
「相手に直接聞かずに推測するのは失礼だと子どもの頃から教わってきた」と、オランダ人の友達は言う。空気を読むことが良いとされる日本とは正反対。私は今でも率直にコメントすることにためらうことがあるが、怖くはなくなった。「当たり前」の違いがあることを認識したためだ。と同時に、多文化チームでの作業を通して、オランダ人の友達の物言いも柔らかくなった気がする。お互いに学んだのだろう。
至らないところを不満に思うのではなく、それぞれの興味のある分野やスキルを見つけ、誰が何を担当すればチームとして一番の学びと結果を得ることができるか。この試行錯誤がグループ課題の楽しみの一つとなった。課題を完璧に仕上げて、とにかく好成績を得たいと考えていた3年前とは全く異なる私がいる。
クラスで作った異文化紹介動画のエンディングロール。朝の習慣、挨拶の仕方、時間感覚、ステレオタイプ、食べ物、ダンスと様々な場面での違いを紹介した。完成した動画は、姉妹校プログラムでこの学科に入学するインド人留学生らと、そのクラスメイトの教材となった |
高1の時に参加した農業体験をきっかけに、この世界に魅せられて本を読み漁った。家庭菜園セミナーに参加して多くの農家さんに出会った。日本の大学受験はしないと決めた高3の夏はトマト農家で住み込みのアルバイト。周囲には心配する人もいたが、私にとって最高にかっこいい職業なのだ。広い世界を見たい、農業先進国で学びたいと調べる中、小さい国土ながらも世界2位の農産物輸出額を誇るオランダに魅力を感じた。その中でも、日本の高校卒業資格で入学できる応用科学大学を選んだ。
卒業したら地元・埼玉に戻り、百の仕事をなすお百姓さんになる。地域に根付き、自然と人の居場所となる農業だ。専攻する国際ビジネスやオランダのハイテク農業と方向性は異なるが、違うからこそ学べる、感じることはたくさんある。
そう、学びと気づきは場所を選ばない。例えば、専攻や学部などを超えた友達との持ち寄りパーティーは各国の料理が並ぶ異文化体験だ。以前は大人数でわいわいと、コロナ下ではこぢんまりと集まり、ザンビアの主食シマと鶏肉トマト煮込みや、インドの混ぜご飯ビリヤニを手を使って食べる。トウモロコシ粉をお湯で練ったシマはモチモチ、熱々。ビリヤニのスパイシーさは指からも伝わってくるようだった。自らの指で食べ物の温かみを感じる喜びから私の世界が広がるが、箸を使う日本人として手食の難しさにも驚く。
入学早々グループ課題で気づきをくれた学生1人を含むクラスメイト6人とは夢を応援しあう仲だ。オランダではグループ活動の人数制限が緩和されはじめ、先日、みんなとピクニックで再会して貴重な時間を過ごした。ヴェルプでの全てが得難い経験となっている。
留学生活は残り1年。前期は企業研修、後期は卒論研究がある。こけることを恐れるのではなく、自分から面白くこけて起き上がりたい。
オランダで知り合った日本人研究者に誘われて、オーガニックワイン畑での測定を手伝った。ここでは土の保護を念入りに行っている。この日はトラクターで土の分析もしていた(写真はいずれも本人提供) |
ヴァン・ホール・ラーレンスタイン応用科学大学
ドイツ国境に近いオランダ東部ヴェルプと北部レーワルデンの2か所にキャンパスを持つ、農業や食・自然環境に特化した応用科学大学(HBO)。学部課程と修士課程がある。オランダには研究活動に重点を置く研究大学(WO)もあるが、筆者の学ぶVHLを含む応用科学大学では、実社会の問題解決策を探る課題をグループで取り組む場面が多い。ヴェルプキャンパスには英語で受けられる学部課程が4つあり、筆者が所属するのもその一つだ。
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海外留学を目指す高校生に進学支援を行っているNPO法人「留学フェローシップ」のメンバーが、海外のキャンパスライフをリレー連載します。留学フェローシップの詳細は>>ウェブサイトへ。