海外で学ぶ・リレーエッセー[77]英リーズ大 Story is Journey(物語は旅だ)

自分でデザインした学部公演の宣伝ポスターを前に

大阪女学院高等学校卒、リーズ大学・舞台パフォーマンス学部2年(21年9月時点)

白浜 美夏 さん

Shirahama Mika

 演劇学と聞いて皆さんは何を想い浮かべるだろう。

 「実技ばっかり?」

 「セオリーなんてあるの?」

 「役者志望しかこの学問は取らない?」

 

 実は、私もそんな疑問を抱いていた1人。大学入学までほとんど演劇について勉強したことはなかった。それでも、「ワクワクするから」「舞台の裏方として人を支えたい」「誰も私のことを知らない環境に行きたい」という理由で親の反対を押し切りリーズ大学・舞台パフォーマンス学部に進学した。

 

 実際に進学してみると、演劇学のイメージが覆った。

 講義は主に3つ、実技、理論、専門がある。例えば2学期の実技。クラスメイト12人で複数の役割(役者、脚本、舞台監督、照明、舞台美術、音響)を分担し、最終パフォーマンスを創り上げていく。

 理論では、演劇と社会の関わり方をフェスティバル、食べ物、ジェンダー、平和などの目線から学ぶ。専門では舞台監督や、ミュージカル、アーツマーケティングなどからから講義を選ぶことが可能で、多角的に演劇を見つめることが出来るのだ。

 クラスメイトの存在も大きい。休み時間にいきなり演じたり、歌いだしたり、踊りだしたり。とにかく色んなアイデアが飛び交い、インスピレーションがわく。

 

 そう、演劇学って思っていたより範囲が広い。劇の定義から始まり、社会における役割、空間や時間の意味、観客や役者に対する影響、さらには日常生活を演劇として考えることが多くある。だから、社会学や演劇の美しさを問う哲学にも通じる。作品を売り出すためのビジネス的視野、人の心を癒すという心理的な見地も大切。この学問は演劇という1つの軸から、色んなものが枝分かれしている──。そんなことが垣間見えてきた。

大学構内にある公園。1人で散歩したり、友人と喋ったりするなど、学内で最も気に入っているスポット

 学部1年目を終えた今、知識以外に得たことは主に2つある。

 1つ目は、「ありのままの日常や自分自身を大切にし、受け入れる」

 

 演劇を日々の生活の延長線上として捉えるため、日常をより丁寧に観察し、物事や感情を演劇に繋げることが習慣化した。

 ある時は、街ゆく人々を観察する。歩き方から、その人の性格や心理を考察して役作りの参考にするためだ。足取りから、どのような物語を創ることができるかを想像し、脚本に1人のキャラクターとして出演させることもある。また、ある時は、物事を説明する人に注目する。声のトーンやジェスチャーが何を意図するのかを考えることは、演出をつける時の参考になるからだ。

 

 日常と言えば、コロナウイルス感染予防は避けて通れない。様々な制限のなかで始まった私の学部生活だが、その制限を嘆くだけでは進歩はないと気づいた。

 

 実技だけ対面講義が許されたが、稽古室には2メートルのソーシャルディスタンスの線が引かれていた。学期の最終パフォーマンスのステージ上でも、この距離を保つことが厳しく求められた。私はこの制約を新しい演劇創りのチャンスとして捉えた。

 

 俳優同士が近づけない中、どう表現したらいいのか。

 例えば、俳優同士を斜めに配置すれば、同じソーシャルディスタンスでも近く見せられることに気づいた。前後にいる俳優の間にカーテンを設置し、後ろからライトを照らせば人は影となり、近くにいるように表現できることも分かった。オンラインとオフラインのハイブリット講義を経験していなかったら、このような工夫を追求しなかったと思う。コロナ禍だからこそ、「演劇らしさ」をより深く考えるようになった。

2メートルのソーシャルディスタンスの線が引かれているダンス室。最初は少し手間取ったが、これを原点に色々なアイデアを考えることが多くなった
公演の舞台美術。コロナ禍のため、全てに2mのソーシャルディスタンスが求められた

 自分を受け入れることは簡単なようで難しい。実は、講義中に発言できずに自信を失っていた。そんな私に先生がかけてくれた言葉の一つが、You're brilliant when you're afraid(恐れている時のあなたは素晴らしい)。

 いかにもパフォーマンスの先生らしく、こう教えてくれた。

 

 「恐れる時、あなたは自らを偽っていない。自分に足りないところを素直に認めている証であって、恐れは素晴らしい。自信を見せる学生を見て不安になるかもしれないが、周りを威嚇するために演じている可能性もある。人は状況に応じて自分が快適に過ごせるように演じるのよ」

 

 私は、周囲によって自分が変わってしまうことを「良し」としてこなかった。自分らしさを守るため、ずっと周りに流されまいとしていた。周りによって自分が形成されているのではないかと恐れていた。でも、先生の言葉は私に変わるきっかけをくれた。

 例えば、大学のクラスメイトといる時には聞き手だが、日本の高校の同級生と過ごすときは喋り手になる。海外だと日本人らしく振る舞うことを意識するが、日本では逆となる。ありのままを受け入れ、心が求めるままに振る舞うのは本当に心地よい。

 

 そして、2つ目は「好きをずっとやっていたい」。

 演劇は好きだ。でも、日々演劇漬けになっていると、正直よく自分の「好き」がわからなくなってしまう時がある。

 

 好きな環境で好きなことに真剣に向き合い続けると、自分の理想とは異なる姿が現れてくる。苦手なことにも気づくし、ネガティブな感情だって生まれる。それでも、私が演劇を続ける理由は、イギリス人のクラスメイトが放った「Story is Journey(物語は旅だ)」という言葉にあると言える。

 自分の全てを表現しようとしても、いつも同じように表現できるわけではない。それって、もどかしくて苦しい。でも、どれほど辛くても、一つ一つの作品は私を知らない世界に誘ってくれる。仲間と話しあいながら創るうちに、自分の知らなかった「私」を発見することだってある。

 

 好きなものを学び、極める。それは「好き」を「嫌い」になる覚悟を持つことだと思う。好きだからこそ、学びに終わりがないとも考えられるし、これが今の私が頑張るモチベーションともなっている。

 

 ただ「好き」という感情で入った世界は、思ったより面白く、しんどく、そして楽しい。稽古期間中は憂鬱だとしても、完成時の達成感は例えるものがない。私は、目の前のありのままを大切にできるようになった。自分の好きがもっと好きになれるから、これからも私なりの演劇の旅を続けるはずだ。

大学内。左にある2本の黒いシンボルを学生たちは「ベーコン」と呼んでいる!
私がイギリスで一番好きな季節は夏。午後10時になっても落ちない夕日がきれい。(写真はいずれも本人提供)

リーズ大学

英国ウエスト・ヨークシャー州のリーズ市にある国立大学。3万8000人の学生のうち留学生は1万2000人。100を超える国のスタッフが教鞭を取っている。Leeds University Unionと呼ばれるリーズ大学学生連合では300を超えるサークル活動があり、生徒の活動や交流が活発だ。

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海外留学を目指す高校生に進学支援を行っているNPO法人「留学フェローシップ」のメンバーが、海外のキャンパスライフをリレー連載します。留学フェローシップの詳細は>>ウェブサイトへ。

(2021年10月 4日 18:03)
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