沼田 晶弘
■ボクのメソッドの集大成
みなさんがこのコラムをお読みのころ、ボクの4冊目の本『「変」なクラスが世界を変える! ぬまっち先生と6年1組の挑戦』(中央公論新社)が発売されていると思います。ボクにとっては、この11年間の教師生活の「すべてを出し切った」と言える内容になりました。表紙の赤いパーカーが目印です!(笑)
前回に引き続き、この本についてもう少し語らせてください。
原稿のベースとなったのは、2015年11月からこの「読売新聞教育ネットワーク」で連載している「ぬまっちの 世界一のクラスですから!」ですが、一冊の本としての流れを重視するため、かなりの再構成と加筆修正を行いました。前回も書きましたが、〈5代目・世界一のクラス〉である2015年度卒業の6年1組との記録を中心としつつ、ボクの教師としてのメソッドをふんだんに盛り込んだ内容になっています。
特に、小学校の先生たちに読んでほしいのが第6章「ワードバンク」です。ボク式の「国語力アップ授業」の総称ですが、特に難しい技術は必要なく、他の教室でも今すぐ取り入れることが可能な方法だからです。ボクの授業ではどんな科目でも、言葉の意味を理解するために国語辞書を引きまくります。この間の4年生の算数の時間など、算数の教科書を一切開かずに、辞書を引くだけで終わってしまいました。「平行四辺形」と「台形」の意味を調べたんですが、みなさんは辞書を引かずに定義を言えるでしょうか? 例えば「割り算」は辞書にどう書いてあるか知っていますか?
わりざん【割り算】 ある数が、ほかの数の何倍にあたるかを見つけ出す計算。
ボクもびっくりしました。だって、どこにも「割る」とか「分ける」とか書いてないんですから。これだから辞書は面白い。まさに「知ってるつもりで本当は知らなかった言葉」です。算数は意味調べの宝庫なんです。
小学校低学年のうちに辞書の面白さを知って、どんな授業科目でも辞書を引ける自由が与えられると、子どもの言語能力はどんどん上がっていきます。その効果はボクが保証します。
さらに、ボク式の文章上達法――「インパクトライティング」「NGワード」「ルパンタイム」のセットも、ぜひ教室で試してみていただきたいのです。そして、その成果について(うまくいかなかった時でも)、ボクに教えてくれると、さらにうれしいです。
■スポーツ庁の悩みに答えます!
スポーツ庁の調査によると、運動やスポーツが「嫌い」「やや嫌い」な中学生は16.4%もいて、微増傾向だそうです。この結果に焦った同庁は、5年かけて運動嫌いを8%に半減させる目標を打ち出しました。
その問題について、音楽家のヒャダインさんと文筆家の能町みね子さんが、ラジオのトーク番組でこう語ったそうです。(ボクはそのことを新聞で読みました。)
「体育が嫌なのは恥をかかされるから。周りに迷惑をかけている申し訳なさ、馬鹿にされているんだろうなという自虐」(ヒャダインさん)
「うまい人とやるから嫌いになる。レベル別に完全に分けてくれればいいのに」(能町さん)
もし、小学生の頃にそんな思いに悩まされたとしたら、中学生で運動嫌いになるのは当たり前です。
運動嫌いの子どもが増えるのは、スポーツのルールも一つの原因ではないでしょうか。「競技」としてのルールをそのまま学校体育に持ち込むのは、難しさもあります。だからと言って、授業レベルを運動が苦手な子に合わせると、運動能力のある子は物足りなくて、「スポーツ好きの体育嫌い」になってしまうという逆のマイナスもあります。この問題は、体育だけのことではなくて、実は学校授業全体に言えることなのですが。
スポーツ好きのボクにとっても、そこは常に悩ましい問題です。それに対する、ボクなりの考察と実践が、第3章「勝ってこそ運動会」と第9章「タッチバスケの得点王」に書いてあります。運動嫌いの子どもも、運動が得意な子どもも、同じように楽しめて、体作りができる「理想の学校体育」はどうしたら実現できるのか。鈴木大地長官にこの部分を読んでもらえたらうれしいんだけどなぁ。
■働き方に悩む先生たちに読んでほしい
今年始めから「先生の働き方改革」も急にクローズアップされています。文部科学省の調査で、公立小学校の3割、中学校の6割の教諭の勤務時間が「過労死ライン」に達していました。「これからは少子化だから、先生の数も減らせる」という考え方が、根本的に誤りであることがわかったわけです。
日本の教員の1週間あたりの勤務時間は53.9時間。OECD参加諸国の平均は、労働時間の基準も違うのかもしれませんが、40時間に満たないそうです。制度改革はもちろん急務ですが、ボクは先生ひとりひとりの「勝手に働き方改革」もアリだと感じています。先生の自主性に任せるのはムリだから、規則として一律に勤務時間を短くすればいい、という考え方もありますが、ボクは疑問を持っています。自主的にやりたい先生にムリヤリ「帰れ」というのは逆効果だと思うし、もう少し先生の「自由度」を高めるような方向に持っていけないかと思うからです。
ではどうすればいいのか? そのヒントについても、ボクは今回の本に詰め込んだつもりです。だから若い先生に読んでほしい。先生は一人だけでできる仕事ではありません。子どもたちや、保護者のみなさんたちとも「チーム」なんだということを、この本を通じて知ってほしいと思っています。
■どんなクラスも〈世界一〉になれる
日本では、自殺で亡くなる人の数は全体的に減っているのに、若者については先進国中でも高い水準にあるそうです。他国に比べ、日本の若者の自己肯定感が低いことはよく指摘されています。それは、子どものころからの「自分はできた」という勝利体験の積み重ねが少ないからではないか......。そうボクは考えています。
確かに、勝つ人がいれば、負ける人もいるわけで、いつも勝ち続けることは難しいでしょう。負けるのが嫌だから、最初から勝負をしないという、今の若者にありがちな気持ちもよくわかります。
しかし、ここで発想を変えてほしい。「勝利体験=他人を蹴落とすこと」ではないんです。最高なのは「みんなで分かち合える勝利体験」です。「自分はできた」という勝利の形は、子どもひとりひとりの中で違っていい。たとえ負けたとしても、失敗した理由を考えて、次のチャレンジに生かせれば、それはもう失敗でも負けでもない。その子にとっては「糧」になります。そのことを教えるのが、学校という「学びの場」だとボクは思っています。ただ教科書で知識を伝えるだけの目的なら、学校なんていらないんです。
6年1組だって、いろいろな負けや失敗を経験しています。しかし、彼らはそれをすべて糧にして成長した。だからこそ、帝国ホテルでのディナーとリムジン送迎という「夢の卒業遠足」を実現して、オレたちは〈5代目・世界一のクラス〉だと胸を張れるようになったのです。本で読んでほしいのは、むしろ帝国ホテルのくだりよりも、彼らがどうやって失敗を糧に変えてきたのか、その部分なんです。
ここで語られているのは、特別なクラスの特別な物語ではありません。日本中のどんなクラスだって〈世界一〉になれるということを、ボクは書きたかった。だから、一人でも多くの人に、今回の本を読んでほしいと強く願っています。
さて、次回から、今の〈6代目〉4年3組にカメラを戻します。何とボクが初めて運動会で涙を流した、波乱万丈のリレー戦記をお送りします!
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