5月6日午前8時。ゴールデンウィークの最終日とあって、帯広畜産大学のキャンパスは静寂に包まれていた。ところが、一角にある豚舎に近づくと、「かわいい」「大きい!」とにぎやかな声が。おがくずを敷き詰めた豚舎内を歩き回る、つぶらな目の豚6頭を、入学してまもない畜産、獣医学部の1年生約60人が笑顔で囲んでいる。豚のピンクの肌に交錯する赤や青、緑色の作業服――何ともカラフルな光景が広がっていた。
1年生に必修授業として課せられる豚の飼育実習だ。各クラスから当番の学生が出て担当の豚にエサをやり、食べた量や健康状態をチェックして豚舎の掃除をする。初めてナマの豚を見たという学生も多く、近寄る豚に思わず後ずさりするへっぴり腰がほほえましい。
この授業のミソは、そんな牧歌的な飼育にとどまらないことだ。来月下旬にはと殺の現場に立ち会い、ソーセージに加工する実習も待っている。
「『いただきます』とは、命をいただくこと。その重さを伝えたい」。
授業を担当する小池正徳教授は、その狙いを明確に説明する。
きっかけは、卒業生が就職した企業から寄せられた苦言だった。「動物に触ったことも、土をいじったこともない。そんな卒業生を出していいのか」。頭でっかちで、現場で求められる実践的な力が育っていないと指摘されたのだ。
そこで、1年生全員を対象に、作物の栽培や羊の毛刈り、乳牛の搾乳、乳製品の加工、市場調査、農機具の操作などを必修にした。
豚の飼育実習が加わったのは7年前。豚を食肉に加工する日だけは、学生の心情を慮って出欠を取らない。だが毎年、全員が出席するという。
畜産学部4年の山中由加里さんは「畜産とは命と向き合うことなんだ、と授業を通して覚悟が決まった」と振り返る。当初は「そこまでやる必要はない」と負担増を嫌がる教員も多かったが、体験を通して成長する学生の姿に、そうした反発は次第に影を潜めていった。
この日初めて豚と対面したという同学部1年の中沢有理さんは早くも「不本意入学が乗り越えられた」と話す。「限られた時間しか生きられない豚を前に、くよくよしている自分が失礼に思えた」と。
当番の仕事を終えた学生たちが豚に目をやりながら、談笑していた。「この子の名前は『徳正(とくまさ)』でどう?小池先生の名前を逆さまにして」と1人の男子学生が提案した。名前があれば、世話にも身が入るはず。同じクラスのメンバーが拍手で賛同した。
「やれやれ」と小池さんはため息をついた。別れが辛いから、あれほど命名するなと言っておいたのに......。
生きるとは何かを問う名物授業が、今年もまた始まった。(松本美奈)
(その後)手間ひまかけた「いただきます」 学生たちの感想は>>