いつでも学び直せる社会の実現を――中央教育審議会の安西祐一郎会長は、昨年末に発表した「高大接続」答申の目指す社会像をそう語りました。高校段階での基礎学力を評価するテストや、大学で学ぶ力を確認するテスト、さらには高校と大学教育の抜本的見直しなど、従来の大学入試改革とは次元の異なる内容に、読者からたくさんの意見や質問が寄せられています。その一部を3回に分けてご紹介します。(聞き手・専門委員 松本美奈)
■高校と大学教育の接続を 佐々木隆生さん(大学教授)
――大学教授の佐々木隆生さんからのメールです。国立大学協会の総会決定や中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」に基づいて「高大接続テスト」の協議・研究報告書を文部科学省に提出した立場からの意見です。
昨年12月の中教審答申「高校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体改革」は、これまでの高大接続を大きく転換する試みとして注目される。
何よりも注目するべきは、「高等学校基礎学力テスト」が広範囲な難易度を含むテストとして盛り込まれたことだ。高校卒業段階での学力把握が我が国ではじめて導入されることになる。
これまで高校生の学力把握は大学入試に依存してきた。教育の達成度を測る目的をもたない入試は、①募集定員を上回る受験者を落とすための「落第試験」 ②受験者の成績を序列化するための「集団準拠型試験(norm-referenced test)」(達成度を測る「目標準拠型試験(criterion-referenced test)」ではない) ③高校段階での学習の成果ではなく大学の専門教育に対応した試験(個別大学・学部ごとの試験)――の性格をもち、高校と大学を教育上接続するための学力把握にふさわしいものではなかった。
安西 全くその通りです。さらに、高校教育の内容が多様化したこともあり、基本的な知識・技能を身につけずに卒業させている学校もあります。まずは知識・技能を身につけさせ、それらを活用できる思考力・判断力・表現力を鍛え、主体性を持って多様な人たちと協働していく力を養う。こうした力が、新しい時代に生きていくうえで不可欠だという認識を、社会全体で共有してほしいと思っています。
高校教育内容の削減と選択の幅の拡大、大学入試の多様化・少数科目化、学力試験を課さないAO・推薦入試の広がり、何よりも18歳人口の急速な減少によって、大学入試に学力把握を委ねる日本独特の高大接続は機能しなくなっている。今回の中教審答申は、こうした状況を転換するというだけでも極めて大きな改革と評価できる。
おそらくこのテストが利用可能となれば、国公立大学でも広くアメリカ型のAO選抜導入が可能となる。学業成績や、ボランティアなど社会的な活動を専門スタッフが時間をかけて評価する選抜だ。暗記した知識の量だけに依存しない学力把握に基づく選抜が可能となるであろう。
安西 日本で目に付くのは、形だけのAO入試です。専門スタッフもおらず、書類を見ただけで合否を決める大学もあるようです。主体性をもって、学校外に飛び出し、多様な人たちと関わる。社会の一員としての資質・経験を持っているかどうかを問える、本来の意味でのAO入試が広がるきっかけにしてほしいのです。
第二に注目するべきは、教育再生実行会議第四次提言で「論文・面接」での選抜が主張されていたが、そこにある問題――高校までの教育課程でそれにふさわしい教育がなされていないのに入試に課すというアドホックな発想――の解決を、高校段階での学習指導要領の見直しによって図り、それを基礎にした「大学入学希望者学力評価テスト」が構想されていることだ。
論理的思考力、批判的判断力、表現力、主体的な学習が教育全体に必要なことはこれまでも言われてきた。それが容易に実現できなかったのは、①高校までの教育課程と教科教育が知識注入に傾斜していたこと ②高校段階の学力達成度把握の共通テストを欠く中で「序列化」を目的とする大学入試がなされてきたことなどにある。このような状況を転換する構想が生まれた意義は大きい。
安西 そう、この答申は、高校と大学教育の抜本的な狙いに主眼を置いています。
筆者はかつて「高大接続テスト」の協議・研究報告書を文科省に提出したが、その際には、高校と大学の教育上の接続を可能とする達成度テストを導入すれば、普通教育の再構築が可能となり、同時に論理的思考力、批判的判断力、表現力などを重視する大学入学者選抜の「橋頭堡」を構築できると判断していた。
しかし、今回の答申は、一挙に高校教育の内容を含めた改革を行おうとするものであり、それだけに困難は大きいものとなろう。第1に、文科省は初等中等教育局と高等教育局の縦割りを超えて高大接続という課題に取り組む体制を恒久的に構築しなければならないし、第2に、高校基礎学力テスト、高校教育課程の改革と大学入学希望者学力評価テストの間に適切な関係をもたせなければならない。
安西 縦割りについてはすでに下村大臣がコメントしています。初等中等教育局と高等教育局とをつないだプロジェクトチームを作りました。今後は、省を挙げて、高大接続改革プランを策定し、具体的なスケジュールを詰めて、実行に移していきます。注意深く見守ってくださるとうれしいです。
試験に臨む受験生たち |
課題も山積・・・
他にも克服すべき課題はある。答申は中学で「学力の三要素」の定着を述べているが、現実には中学から「知識注入」型の教科教育が始まり、それが高校に続いている。日本の従来の教科教育の在り方を検討することが答申の実現には不可欠となる。
大学入学希望者学力評価テストについては、どの程度研究が進んでいるのだろうか。たとえば、欧米で普及しているテスト理論「IRT(項目応答理論)」についてはどうか。テスト問題の難易度やまぐれ当たりなど、受験者の実力判定を難しくする要素を排除できる理論だ。さらに、記述式問題作成を新しいテスト実施機関が行うとしても評価主体はそこと各大学のいずれになるのか、評価のランクはどうするのか、またそれを「スクリーニング」に使うのか直接「選抜」に使うのか、このテストはすべての大学と一部の大学のいずれが利用することを想定するのか、等々検討課題は尽きない。
安西 一つずつ分けてお答えします。テストの精度を上げるために、すでにさまざまな検討が始まっています。「大学学力テスト」については、新しいテスト実施機関が作り、評価します。その評価を何ランクに分けるのかはこれからの検討課題です。このランクについては、各大学がアドミッションポリシーに盛り込んでほしいのです。大学学力テストは、すべての大学に使っていただきたいと思っています。
中教審答申の実現には、高校関係者、大学関係者が積極的に参加することが必要とされる。中教審答申を受け身に批評するのではなく、実現主体として答申実現の集合的営為に加わることを願ってやまない。
安西 そうなのです。これまでの入試改革とは次元の異なる改革になります。よりよい社会を実現するために、少しでも多くの方に、関心を持っていただきたい、積極的にご意見を賜りたいと、心から願っています。
■「公平性」実現に大学も尽力を 岸田 裕二さん(都立高校長)
――東京都立高校長の岸田裕二先生からです。
高大接続答申では、面接や集団討論、高校の調査書、個々の 応募者の活動経歴、それに「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」 成績などを総合した、多角的な評価を求めています。
多角的な評価をすること自体は賛成です。しかし、例えば個々の応募者の活動経歴等をどのように評価するのでしょうか。単に本人の申し出をそのまま鵜呑みにするのでは、公平性が保たれないように思います。
大学自身が長期にわたり、応募者の活動経歴を調べるなど、手間暇をかけるのであればよいと思います。それによって高校の教育は大きく変わるでしょう。
安西 公平性の担保は、非常に難しい問題です。ですが、少なくとも、大学側が時間をかけ、丁寧に見ることで、受験生が何を考え、どのように生きてきたかを、かなり正確に把握することができるのではないでしょうか。それが実現すれば、大切な高校生時代を受験勉強漬けにすることがなくなり、学校行事だけでなく、社会に出て、多様な人々と切磋琢磨する時間とエネルギーが生徒に生まれてくると思います。
本校は、「全部やる。みんなでやる」を合言葉に、勉強や部活動・学校行事に全力で取り組んでいます。その結果、受験体制に入るのが遅くなって(3年秋)しまいますが、そこで身に着けた課題解決能力、コミュニケーション能力などは、単に学習をするだけでは身につかないものだと思っています。これらの活動を丁寧に評価していただければありがたいと思っています。
さらに、大学教育の見直しを強く求めます。大学側には入学者確保に力を入れるより、何を学び、何を身につけて卒業させるのかを明示していただきたいです。
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