国立大学改革の今後の道筋を示した産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」の「基本的な考え方」。国立大学を「地域活性化・特定分野重点支援」「特定分野重点支援」「世界最高水準の教育研究」の三つのグループに分け、毎年評価して次年度の運営費交付金額を変えるなど、これまでになかった競争的環境で活性化させることを盛り込んでいます。
「新陳代謝・イノベーションWG」主査、橋本和仁・東京大学教授は、改革の成否を握るのは大学自身の努力だけではなく、競争的資金(国から支給される研究費)全体の設計を見直すことも不可欠だと語ります。(聞き手・専門委員 松本美奈)
■国立大学は国民の期待に応えてきたか
――「基本的な考え方」の根底には、いまの国立大学では「だめだ」という現状認識があるようにみえます。国立大学は2004年、自主性・自立性を高め、教育や研究に自由に取り組めるようにと法人化されました。それから10年が過ぎましたが、期待通りではないということでしょうか。
橋本 法人化10年たっても、国立大学は変わっていないと指摘されています。その結果、グローバル競争に取り残されつつあるのではないかと実感するのです。アメリカにしてもイギリスやドイツにしても、各大学が強みを生かして進化を続けている。法人化とはなんだったのでしょうか。
しかも、少子高齢化で生産年齢人口が減り、税収も伸びていない状況の中で、社会を変える力も発揮できない国立大学では国民から見放されてしまうでしょう。
――大学が強みを生かして経済や産業を活性化し、よりよい日本をつくる、それによって世界に貢献できるという筋書きですね。その考え方に異論はないでしょうが、国立大学を機能別に分けるとなると反発の声があがります。
橋本 多くの反対意見が聞かれますが、86大学を機能別に分けて評価すること自体がおかしいという反論はほとんどないと認識しています。ただ、それは時間をかけ、それぞれの大学が自然に機能別に分化していくのであって、スタート地点で国が決めた三つのグループに分けるのはおかしい、ということだと思います。けれども、どうでしょうか。これまでと同じように大学の自主性に任せておいては、さらに10年たっても変わらないのではないでしょうか。その前に運営費がどんどん削られて、本当に立ちいかなくなってしまうでしょう。
――国立大学の未来に対する危機感が根底にあるのですね。
橋本 そうです。だから、基本的考え方では、「枠」を明確に示しました。自分たちは主としてどこで戦っていくのかを自ら考え、どこに入るか選んでもらいます。そしてその枠の中で切磋琢磨してもらうのです。国立大学に交付された運営費交付金は、国民から負託を受けたお金ですから。緊張感を持ってもらわないと。年金受給者にまで痛みを分かち合ってもらおうという時代に、「国立大学だけは別」は通じないでしょう。競うことでよりよいものを目指すのです。また、いったんある枠を選んでも、その後、他の枠に移動するという選択も可能とするべきでしょう。しかし、「枠」の設定だけではうまくいかないことも明らかです。前に話したように、現在、運営費交付金はほとんどが人件費なのです。変わるための資金的余裕が全くない。そこで運営費交付金が増えない中で、より良い制度にしていくためには、競争的研究資金の在り方を一体的に捉えて設計することが必須と考えています。
■運営交付金は地域の大学に重点配分
――この分類だと、運営費交付金は「世界最高水準の教育・研究拠点」に集まりそうですね。
橋本 全く違います。「世界最高水準」大学は、より競争的な環境におかれることになるでしょう。口を開けていたら運営費交付金が飛び込んでくるのに慣れていたら、グローバル競争に立ち向かうことは難しいでしょうから。その一方、「地域の活性化拠点」大学には、長期的・安定的な経営が必要です。じっくり腰をすえて、参謀本部として地域の未来図を描く大学だからです。これは全くの個人的意見ですが、「世界最高水準」大学の運営費交付金を削って、「地域の活性化拠点」大学に移すということもあり得ると思っています。
――そうなると「世界最高水準」大学が困窮しませんか。
橋本 競争的資金の獲得で埋め合わせることになります。ただ、現状の競争的資金はほとんどが研究者個人あてであり、しかも使用目的を明確に決められていますから、これが増えたからと言って大学が変革するための資金が増えるわけではありません。そこで、競争的資金制度を見直す必要があるのです。ここで大きな課題になるのは「間接経費」※です。
※競争的資金は、申請した研究目的にのみ使える「直接経費」と、それ以外にも使える「間接経費」とに分けられます。たとえば、研究テーマに直接かかわる装置の購入費や研究員の給与は直接経費ですが、図書館の管理・維持費や事務補助員の給与は間接経費という扱いになります。直接経費は研究者本人に支給されます。現在、間接経費比率は競争的資金の種類により大きく異なり、最も比率が高いものでは30%で、多くは0%、全くついていないのです。
――競争的資金の中には、間接経費がゼロの競争的資金もあるため、研究に力を入れるほど大学は困窮するという現象が起きていますね。
橋本 そうです。そこですべての競争的資金に間接経費をつけてほしいのです。
さらにできるだけ、その割合も増やしてほしい。その際に資金の総額を増額しないで間接経費を増やすということは、直接経費、研究に直接使える資金が減るということです。私はそれでも間接経費を増やすべきだと考えます。研究インフラが充実することは、研究がより効果的に行われるということですから。
研究インフラを考える上で最優先で改善すべきは、前にも述べた若手研究者の雇用問題です。若手研究者は競争的資金の直接経費で雇われていることが多いため、2~3年、長くても5年任期の非正規雇用です。いくら優秀でも非正規雇用でしかポストが得られないとなれば、博士課程に進んでくる学生が減るのは当然です。1990年代に国は「博士倍増」計画を打ち出しました。現状は「倍増」どころか、博士課程進学率はどんどん下がっています。
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