異見交論5「ピンチをチャンスに」国立大学運営費交付金改革(上)

橋本和仁 東京大学教授。産業競争力会議 新陳代謝・イノベーションWG 主査。

 国立大学が「法人化」されて11年。国から支給される基礎的な経費「運営費交付金」の使い方を自ら決められ、翌年度への繰り越しもできるようになった国立大学法人に、いままた、新たな改革が突きつけられています。全86大学を3つのグループに分け、交付金の配分に「競争原理」を導入し、評価の高い大学をより手厚く支援することを打ち出しています。ビジョンを描く産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」主査、橋本和仁・東京大学教授に改革の狙いや展望を聞きました。(聞き手・専門委員 松本美奈)


 

■国立大学を三分類

――2014年12月、産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」が、国立大学改革の「基本的な考え方」を示しました。大学を「地域活性化・特定分野重点支援」「特定分野重点支援」「世界最高水準の教育研究」の三つのグループに分けることや、どのグループに属するかで評価の仕方が変わり、評価結果で翌年度の運営費交付金の額が変わってくるなど、競争的な環境を作り出すための作戦が盛り込まれています。「地域活性化」は地方の活力創出、「世界最高水準」は世界の有力大学と競えるレベル、「特定分野」では大学の特徴や強みを生かした個性的な大学づくりをそれぞれ目指すことになります。

 

 

 文部科学省で進められている「運営費交付金の在り方に関する検討会」は「基本的な考え方」に沿って進められ、6月に出される政府の「成長戦略」に反映されます。これまで教職員数などに応じて支給されていた交付金のあり方が抜本的に見直される大改革です。いまなぜこうした見直しに乗り出したのか、そこからお話しください。

 

橋本 日本はグローバル競争に立ち向かっています。国内では、地方の活性化が大きな課題として立ちはだかっています。国内外の課題を解決するには「イノベーション」が不可欠で、そのエンジンになるのが大学、中でも毎年約1兆1千億円の運営費交付金、つまり税金を投じている国立大学です。

 

――先生のおっしゃるイノベーションは、どういう意味で使われていますか。

 

橋本 我々が狙っているのはサイエンスイノベーション。新しいサイエンスによって新しい産業を創出し、社会変革を起こすことを目指します。地域においては、地域の特徴を生かし、既存の技術をもうまく組み合わせることで、今までになかったものを作り上げていく異分野融合もあるでしょう。

 

――文科省が2013年に打ち出した国立大学改革では、国立大学を「世界最高の教育研究」「全国的な教育研究」「地域活性化の中核」の三つに分けることを目指しています。「基本的な考え方」でも文言は異なりますが、踏襲していますね。

 

橋本 そのとおりです。「基本的な考え方」は、文科省の「国立大学改革プラン」がもとになっています。大学にとってイノベーションの創出は多様な大学の役割の一つに過ぎません。ですが、世界各国が開発競争をしている今、イノベーション創出のために大学の果たすべき役割は極めて高いものと位置づけられています。

 

 

■法人化10年で起きた「惑星直列」

――国立大学側の反発は相当強いですね。

 

橋本 なぜ産業競争力会議が大学改革に口をはさむのか、とかなり厳しい意見も寄せられているのは事実です。こんなに厳しい状況にある国立大学を、なぜさらに追い込むようなことをするのか、とも。確かに国立大学にとっていまはピンチです。しかし同時に、チャンスの時でもあると私は思っています。

 もう少し具体的に説明しましょう。まずピンチです。一つ目は、運営費交付金の問題。国立大学に配分されている総額は2004年の法人化以来、ほぼ毎年1%ずつ削られて、これまでにトータルで10%近く、約1300億円が削られた計算です。東大と京大の予算を合わせたぐらいの額に上ります。そこで喫緊の課題として挙がっているのは、若手研究者の雇用環境が悪化していることです。

 

 現在、東大においても交付金の90%近くが人件費に充てられています。人件費を減らす必要があり、定年を迎えた人のポストを補充しない、という対応になり、若手が正規で雇われる機会が激減しています。若手のほとんどが有期雇用になっている。契約期間をつなぎながら暮らさざるを得ず、40代になっても家のローンも組めない、ということが現実に起きているのです。若者からみたら、研究職は魅力ある職業でなくなりつつあります。

 

――その結果、博士課程に進む若者も減っているというデータも出ていますね。

 

橋本 若手が来なくなる研究現場、恐ろしい話ですよ。

 次にピンチの二つ目として私が考えるのは、運営費交付金が徐々に減っている一方で、様々な競争的資金プログラムが次々と出現していることです。

 

――機械的に分配される基礎的な運営費交付金に対して、競争的資金は申請書を書いて、選ばれた研究者や大学に支給される総額4千億円強の研究資金ですね。増えているのなら結構じゃないですか。

 

橋本 とんでもない。資金を獲得するため、研究者は申請書や報告書を書くことに追われているのです。同じ研究課題だと、次はなかなか採用されないため、テーマを変えなくてはならない。落ち着いて研究していられないのです。しかも、全体設計もないままに、プログラム自体が次々と現れては消えていくのです。個々のプログラムがしっかり作られていても、全体としてうまく機能する構造になっているとは言えない。合成の誤謬ですね。

 三つ目のピンチは、社会と大学の間に横たわる、認識の大きな溝ではないでしょうか。社会、特に経済界からの目は厳しい。「グローバル競争の中で、日本の大学は旧態依然、ガラパゴス化している」と指摘されています。霞が関や永田町からも「この厳しい予算制約の中、大学は自ら変わることをしようとせずに、金ばかり要求する」との批判が強まっています。

 

――その一方でチャンスもあるということですね。

 

橋本 チャンスはピンチの裏返しです。

 その一つは、安倍内閣が科学技術イノベーション環境の整備を経済再生に向けた最重要政策課題の一つとして挙げていることです。科学技術は日本にとって大切なことだ、ということはこれまでも言われていましたが、大学人や研究者集団は票にならないこともあってか、政策的に重点課題に上げられなかったように思います。しかし、安倍総理の最初の施政方針演説でもその重要性を強調し、また経済再生担当の甘利大臣は、昨年10月の産業競争力会議において「我が国の経済の活性化に向けて、大学改革は1丁目1番地」とまで発言しています。

 二つ目は、大学をこのままにしておくと先がない、との認識が、大学、政府、産業界で共有され、いろいろなレベルで議論が始まりました。機運が盛り上がってきているのです。

 三つ目は、文科省や内閣府、さらに財務省など関係各省庁において、改革を進めようと前向きに考える中堅幹部がそろっているのです。2015年4月に就任する東大の総長に大学改革を前向きにとらえている五神真・東大理学部長が選ばれたこともよかった。政策を決める場、立案する官公庁、大学現場に改革派がそろったのです。言ってみれば「惑星直列」、稀有な現象が起きていると感じます。今このチャンスを逃したら、誰も大学に見向きもしなくなるかもしれない。だからこそいまがチャンスなのだと私は思います。

 


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(2015年2月 6日 16:00)
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