国立大学に新たな改革が突きつけられています。産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」の橋本和仁主査(東京大学教授)の主張に対し、大学の序列化にもつながる評価方法では国立大学は発展しないと、国立大学協会会長、里見 進・東北大学学長は反論しています。新たな国立大学に生まれ変わるには、この10年で削減した総額1300億円を学長の裁量で自由に使える経費(学長裁量経費)として分配し、自由な舵取りをさせることだと主張します。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)
■産業競争力会議「新陳代謝・イノベーションWG」の「基本的な考え方」
全86大学が、それぞれの目指す方向性を「地域活性化」「世界最高水準の教育研究」「特定分野に重点」の三つから選んで目的に沿った大学運営を行い、それぞれ違う基準で国が評価。結果によって翌年度の基礎的な経費(国の運営費交付金)の額を変動させる。グループ内で切磋琢磨することで各大学の強みを最大限に引き出し、成果を新しい産業の誕生や国際競争力の強化につなげる。
■メタボ体質から筋肉体質へ
――まず、この改革をどう見ますか。
里見 三つの方向性のうちいずれを選ぶかが、結果的に大学の序列化につながる恐れがあります。そうなれば大学の発展が妨げられます。具体的な制度設計においては、この点に十分配慮する必要があります。
国立大学が法人になって10年、国の庇護の元でゆっくりとやっていた時代から世間に放り出され、自律的な経営に取り組んできました。人間の体にたとえると、メタボ体質から贅肉をそぎ落とし、筋肉質の体になりました。法人化はその意味では意義があったと思います。
けれども年々、運営費交付金が減らされ、すでに約1300億円の減額。これ以上ダイエットを進めると、栄養失調になります。運営費交付金をこれ以上減らさないでいただきたい。
――単純な比較は難しいですが、教育、研究、地域貢献という大学のミッションは、私立大学も抱えています。その私立大学は約600大学で約3000億円の補助金が国庫から出ています。日本の予算規模は約96兆円の中で、86大学に総額1兆1千億円が出されており、私学に比べるとはるかに恵まれていると思いますが。
里見 国立大学は世界最先端の研究において十分に成果を出しています。例えばノーベル賞です。今回も名古屋大学から2人、徳島大学の出身者が1人受賞しました。これだけコンスタントに受賞者を出しているのは、欧米以外では日本ぐらいのものです。これまでのわが国の受賞者は全員が国立大学の出身者です。
国立大学は全国各地に配置され、比較的安い授業料で高度な教育を提供することで、教育の機会均等にも貢献しています。わが国の多くの指導者層も育ててきています。その結果として、ひどい格差のない社会を築く上でも貢献してきたと考えます。国立大学はこれまで支援に見合う成果を生み出してきましたし、これからもさらに一層の成果を挙げていきたいと思います。
――「基本的な考え方」によると、評価によって増減する額は運営費交付金全体の3~4割とされます。国立大学にどのような打撃を与えると思われますか。
里見 すべての大学が不安定な運営状況になります。現在は大規模な大学でもぎりぎりで運営しています。教育や研究は長期的な展望で考えることが不可欠です。そのような視点がなくなると、大学の意義や存続自体も危ぶまれます。
大学力は国の力といわれています。大学に期待が集まっていることは実感します。けれども、大学を重視してくれるのであれば、自分たちで改革できるような仕組みを作ってほしいと願っています。
■10年間の減額分を学長裁量に
――緊縮財政の中で、国立大学にだけ手厚く国費の投入、というのは難しいでしょう。それ以外で「自分たちで改革できる仕組み」とは具体的にどのようなものですか?
里見 学長が自らの判断で自由に使える「裁量経費」を増やしてほしいのです。これまで削ってきた金額1,300億円の一部でも「裁量経費」に充てることができればと思います。
これまでの改革は、国際化や産学連携などさまざまな補助金を受けながら進められてきました。したがって、補助金が切れると改革は持続できず、折角進んだ改革が元に戻ることを繰り返してきました。「裁量経費」を使うことで、大学の改革の方向性を着実に前に進める態勢を築きたいのです。
――国立大学学長はそもそも法律で大きな権限が認められていますね。たとえば運営の方針を決める理事会のメンバーも、学長の一任で決められます。にもかかわらず、この10年、何も変わっていない、といういらだちが政財界に広がっているようです。
里見 我々の情報発信不足もあると思いますが、それには反論があります。この10年で国立大学は変わりました。最も変わったのは意識です。外からは見えないでしょう。国立大学は経営を考えながら国から交付された資金を使い、成果を出す努力をしています。ノーベル賞を受賞したLEDを例にとりますと、この様な研究ははじめからイノベーションを狙ったのではないことを強調しておきたいと思います。初期の頃は、国から支給される基本的な運営資金から研究費を捻出することで、研究者個人の興味を支えられたことが、結果として花を開かせました。最近の風潮としてすぐ成果を求めるきらいがあります。このことはかえって日本の未来を小さくしないだろうかと懸念しています。
ただ、確かにご指摘のように、まだ変わり切れない部分があります。社会の要請に十分応えられるようなスピード感がないことです。
――学長裁量経費で何をしますか?
里見 若手の研究者を積極的に雇用します。欧米では、大学院生も一人前の研究者として生活費などもきちんと処置されています。日本ではまだまだ不十分です。その結果、日本国内では博士課程への進学率が激減し、優秀な頭脳が海外に流出しています。裁量経費で若い研究者の待遇を改善し、キャリア形成の道筋をつくりたいですね。
また学生や教員を海外に派遣し、海外からも積極的に受け入れます。大学内の多様性や流動性が増し、良い意味での競争も起こり、国立大学自体がもっと元気になるでしょう。
86大学の学長はいろんなアイデアを持っています。コンテストを開いてもいいぐらいですよ。十分な裁量経費を学長に再配分し、自分たちのアイデアを生かし、真剣勝負の改革をさせてほしい。もちろん、期限付きで結構です。その結果としてだめだったら国立大学の存在価値はない、といわれても仕方ない。本望です。
おわりに
文部科学省は2013年に「国立大学のミッション(使命)」を定義し直そうとした。86の国立大から意見を聞いた上で、専門分野ごとに、強みや社会的役割を国民にアピールしようとしたのだ。結局、学部の特色の洗い出しに終始し、国立大学の存在意義や社会的役割に踏み込むことはできなかった。
橋本氏と里見氏の議論が、かみ合わなかった。国立大学とは何か、何のための法人化だったのか、当事者間でも議論が深められていないのかもしれない。約140年も膨大な国費を投じて育ててきた国立大学の未来像をどう描くか、私たちも考えていきたい。(奈)
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