大学図書館の業務委託はあながち悪とは思わない――。教育・研究を支える拠点としての重要性から、業務委託に慎重であるべきだとする前回の有川節夫・九州大学前学長の主張に対し、深澤良彰・早稲田大学図書館長は、一定の条件つきながら、業務委託によってサービスを向上させ、新たな課題にも対応できると反論する。1992年から業務委託を進めている早大の現状と今後の展望を聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)
――早稲田大学での業務委託の現状を教えてください。
深澤 早稲田大学にある図書館・図書室では、委託できる業務は大体出しています。本を購入して登録する、書架に並べて貸し出しし、返却を受け付ける、国内外の図書館と資料の貸し借りをする、蔵書を点検する......こういった仕事は大手書店などにお願いしています。
図書館の業務は委託できるものとそうでないものが明確に線引きできます。悪者にされがちですが、委託が「悪」とは思いません。明確な判断基準にのっとり、今後も業務委託は進めていくことになります。
――どこに線を引いているのでしょうか。言い換えれば、業務委託できないものとはどういうものでしょう。
深澤 代表的なものは「選書」と「レファレンス」です。早稲田にはどういう学生がいて、どんな研究をする教員を抱えているのか。そのためにどういう蔵書やジャーナルが必要なのか、そういうことを戦略的に考え、どこにどのような資料があるのかわかる人でなければ「選書」はできません。
どんなことを知りたいのか、調べたいのか学生や教員の話をじっくり聴いて、相談相手のレベルに合わせて具体的な蔵書やジャーナルを紹介する「レファレンス」も委託になじみません。学生の教育と教員の研究という、早稲田大学の根幹に関わる部分は専任職員の仕事だと考えています。
――なるほど。ところでこちらではいつから業務委託を始めたのでしょうか。もう1点、やはり財政的な問題からでしょうか。
深澤 中央図書館が開館した翌年の1992年に、書架の整備業務を委託しました。コストパフォーマンスを追求するためだと聞いています。同じ作業ならより安価に、同じ金額を出すのならより良いサービスで、は大学図書館でなくても当然ですね。
図書館でかかる費用は増えています。海外からの蔵書やジャーナルの種類が増え、価格も上がっています。それに対して、予算は増えていない。そうなれば、どこかを切り詰めなければいけませんから。
――20年以上の委託で、どのような成果がありましたか。
深澤 何よりもサービスの向上です。専任職員の勤務時間にとらわれることなく、開館日を増やし、開館時間を延長することができました。図書館によって若干異なりますが、月曜~土曜の9時から22時まで開いていますし、中央図書館は日曜日も開館しています。専任職員の手があいたことで、学生に図書館情報リテラシー教育をしてもらうなど、よりクリエイティブな仕事に力を向けてもらうことができます。
財政的な問題でも、成果はありました。業務委託によって、専任職員の人数はこの15年ほどで2分の1以下となり、今年度は50人になりました。減った人数の大半は司書職です。司書職の採用は20年ほど前にやめたため全体数に占める司書職の割合も減りました。委託費は2000年に比べて2倍以上の5億円に上っています。けれども、専任職員だけで現行のような開館時間を維持することはできないことが試算で明らかになりました。
――司書の採用はなぜやめたのですか。
深澤 端的に言えば、司書よりは一般採用の職員の方が、異動させやすいのです。大学としては、人事異動で学内の仕組みを知ってもらい、よりよい組織にしたいのですが、一般職採用と、図書に関する専門家を同じ扱いで異動させることは難しいことが大きかったようです。
――なるほど。業務委託によるデメリット、問題点はありますか。
深澤 図書館側に指揮命令権がないことでしょう。契約内での業務に限られ、突発的な事項、臨機応変さを求めることはできません。専任職員の数が50人と少なくなっていますので、何か新規の企画や事業をやろうとしても人材不足で動きにくい。
業者にコストカットを求めているのですから、委託の現場で働く人の待遇を考えると、別な問題があるということもできるでしょう。
――このところ「機関リポジトリ」(研究論文や根拠となるデータをインターネット上で無償公開するシステム。リポジトリは「貯蔵庫」の意味)に取り組む大学が増えています。さらに今年3月、国の検討委員会も学術情報の受発信基地として大学図書館を挙げる報告書をまとめました。大学図書館は昔からある業務のほかに、新たなミッションを果たすよう求められているわけですね。
そうなると、図書館職員の専門知識や経験、教員とのパイプなどが不可欠ですから、業務委託はその流れに逆らうものではないでしょうか。
深澤 業務委託一般論ではなく、早稲田大学ではその心配はありません。線引きが明確で、教員の研究と学生の教育に関わることは業務委託に出さないことにしていますから。
リポジトリについて言えば、システムは簡単ですが、きちんとしたものにするにはむしろ個々の教員の意識改革の方が重要です。STAP細胞問題をはじめとする昨今の研究不正問題で、早稲田大学は研究の基礎になるデータを公開していく姿勢を打ち出していますから。教員一人ひとりが、データを公開する必要性をしっかり意識していてくだされば、難なく実現できると思います。
――カフェがあったり、討論できる場所ができたり、業務委託や、業務の内容自体が広がっていたりと、大学図書館は変わり続けています。大学図書館の目的と役割は、今後どう変わっていくのか、お考えをお聞かせください。
深澤 私が目指すのは、「アクティブライブラリ」です。いま、学生も教員もなかなか図書館に足を運んでくれません。インターネットで検索すれば大概のものは入手できますから。けれどもすべてがネット上にあるわけではなく、蔵書にしかない知もあります。
そこで、従来のように「待ち」の姿勢ではなく、利用者に寄り添う図書館に進化させたい。スカイプなどの活用で「どこでもレファレンスサービス」を行い、どこでも本を借りられ、キャンパスのあちこちにある「どこでも返却ボックス」を活用してもらうというシステムです。私の任期2年のうちに実現したいと考えています。
姿かたちは変わっても、大学図書館は依然として学びの府の「核」です。単なる「館」ではなく、絶えず学生と教員に寄り添う「核」でありたいと考えています。
おわりに
「同じ作業ならより安価に」という姿勢は理解出来る。限られた財源を有効に使いたいと願うのは、学生からの学費を預かる立場では当然だろう。だが気になるのは、外部委託の進行で図書館のサービスの質が本当に向上しているのかの検証が難しいことだ。コストカットを求められた業者のもとで成果が上がる人材の継続的な確保が可能なのかといった問題も無視し得ないだろう。
効率追求の先にあるのは、どのような大学図書館、言い換えればどんな大学、社会なのか。それが、まだ見えてこない。(奈)
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