異見交論16「ブラックバイト 大学生を蝕む『貧困』」大内裕和氏(中京大教授)

大内裕和 中京大学教授。専門は教育学・教育社会学。奨学金問題対策全国会議共同代表。共著に「ブラックバイト」など。47歳。

 長時間勤務にサービス残業――大学生の弱い立場につけ込んだ「ブラックバイト」が学業を妨げている。保護者の経済的支援を当てにできず、自らのアルバイト代で学費を賄う「苦学生」の中には、過酷な労働条件で心身を壊すなどして留年や退学にいたるケースも。2人に1人が大学に進む時代のキャンパス生活に、何が起きているのか。「ブラックバイト」と名づけ、実態調査や被害者対策に取り組む中京大学の大内裕和教授に、真相を聞いた。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


 

■非正規なのに正社員を超える働き方

――「ブラックバイト」......。なんとも恐ろしい名称ですね。

 

大内 いまの親の世代が体験した「学生アルバイト」とは全く質が違います。そのことをまず強調しておきたい。質が劣化しているのです。たとえば時給。かつて大学生アルバイトの中心は家庭教師で、2時間で5000円ぐらいにはなりました。ところが今では時給は1000円台です。時給だけの問題ではありません。ある個別指導塾でアルバイトをした学生は、あらかじめ担当となっている曜日について、私的な理由での欠席は一切認めないという契約を交わされていました。サークル・部活動、帰省、大学の試験勉強のための欠勤まで認めない、と明文化されていたのです。休んだら罰金、辞めたら損害賠償を請求すると書かれていました。これは一例に過ぎません。

 

――そんなにきつければ辞めればいい、という問題ではないのですね。実態を詳しくお聞かせください。

 

大内 昨年7月に調査したところ(有効回答4700)、アルバイト学生の28%が週20時間以上勤務しており、25時間以上も10%を占めました。1週間に20時間以上働けば「疲れて学業がおろそかになる」学生が当然増える。25時間以上働く学生の3割近くがそう回答していました。疲れて勉強どころではないのです。

 学費を賄っていることが理由で辞められないこともありますが、学生自身の責任感や自己犠牲の精神につけこんでいるという面も否めません。

 

――学生の責任感と自己犠牲の精神につけこんでいる? 働かせている企業側の問題ですね。

 

大内 アルバイトにもかかわらず、職場への組み込まれ方が強固なのです。補助労働ではなく、職場の中心を担う基幹労働として組み込まれ、辞めるのなら誰か代わりを連れて来いと要求されます。過酷な状況に一緒に耐えている仲間がいる、さらに新たな被害者を増やしてはいけない、と学生は考え、自分にむちを打つことになるのです。こうした企業では、正社員にも過酷な労働を強いている現状があります。

 

 

■学生をさらに追い込む「奨学金」

――「ブラックバイト」をはびこらせる社会的な背景は何だとお考えですか。

 

大内 まず学生の経済状況の悪化です。厚生労働省の「国民生活基礎調査」を見れば明らかなように、世帯年収の中央値は下がり続け、学生をとりまく経済状況は厳しさを増しています。その一方で急激に上昇しているのが奨学金の受給率で、5割を超えています。学生の半数以上は奨学金を借りなければ進学できない実態があるのです。さらに問題は、日本の奨学金の大半は、世界でもきわめて珍しい「貸与型」だということです。世界では奨学金は「給付」が当たり前、日本の奨学金の現状は「ローン」と呼ぶべきでしょう。日本学生支援機構の奨学金は貸与型のみで、その過半数は有利子です。有利子の場合は卒業後に借りた以上のお金を返さなければいけませんから、借り控える学生もいます。その学生はアルバイトをせざるを得ません。もう一方で、卒業後の返還額が500万~1000万円に及ぶ学生も少なくありません。彼らは卒業後の返還を少しでも楽にするために、在学中にアルバイトをします。どちらにせよ、現在の奨学金制度はアルバイトの抑制にはつながっていません。

 

――学生を支えるべき「奨学金」が、ブラックバイトにのめりこむことを余儀なくさせる要因になっていると。

 

大内 それだけではありません。ブラックバイトが浸透する背景には、大学教育にも要因の一つがあると思います。学生が実質的な力を身につけ、高いモチベーションを持てるような教育内容を提示できていないことも問題なのです。

 その典型例が大学1年から始まる「キャリア教育」です。仕事への心構えや自己分析を通じた指導を通じて、職業能力を高めるというよりは、学生生活全体を就職活動中心のものへと「煽る」役割を果たしてしまっています。不安を煽られた学生は「就職に有利」とされる資格取得や、インターンシップに奔走する......、学生生活全体が「就職活動のため」という文脈に取り込まれているのです。

 キャリア教育の内容が、学生の実質的な力や職業能力を高めるものというよりは、不安を「煽る」ものになっていますから、そこにブラックバイトが入り込んでくる余地が生まれます。「アルバイトという職業経験を積んだ」という付加価値をつけられるからです。

 

――大学教育にも問題の一端があったということですね。問題解決には、社会全体で取り組む必要がありますね。

 

大内 そうです。「ブラックバイト」は未来の社会を担う学生たちを劣化させる労働です。ジャンボジェットが空を飛ぶには、燃料と助走が必要です。学生にとっては、大学での学業と多様な経験がそれに当たるでしょう。学業に打ち込めない。そして卒業したときには多額の奨学金という名の借金がのしかかる状態をこのまま放置しておけば、その延長線上として結婚しない若者がますます増え、少子化をいっそう加速させる。つまりこの問題は、国の将来全体に関わることでもあるのです。課題はたくさんあります。けれどもまず、国には給付型の奨学金を導入し、貸与型にしても有利子はやめるなど、できることから始めてほしいと切に願っています。

 

これがブラックバイトだ

★週70時間勤務

 大手アパレル店でアルバイトをした男子学生。1週間の勤務時間を「18時間(3日)以内」と契約したにも関わらず、実際は70時間に及んだ。勤務時間を減らしてほしいと頼んだが断られて大学に通えず、その学期だけで科目の単位を落とした。勤務時には店の商品の着用が義務付けられていたため、かなりの出費を要した。

★サービス残業

 コンビニエンスストアでアルバイトをした男子学生の勤務時間は、月平均100時間。20時間連続で働いたこともあった。夜中に店長から呼び出され、勤務したこともしばしば。サービス残業はほぼ毎日。休憩を取ったことにされて、その分の賃金がカットされたことも。販売ノルマとして、クリスマスケーキやおせち、お中元の購入を求められた。

 


おわりに

 「ブラックバイト」は、単に学生バイトの世界で収れんするものではなく、日本の将来のありように関わる重大な問題と言える。にもかかわらず、それがはびこる原因のひとつに、教育費は親が負担するという「日本の常識」があるのではないだろうか。教育は「社会的な不公正」を打ち返し、自らの才覚で生きていける力を与えるもので、大学教育を公費でまかなう国もあるのはそのためだ。それが、親の経済力が巨大なハードルとなり、埋め合わせにブラックバイトに組み込まれるのでは......。

 教育の受益者は本人だけではないはずだ。きちんと学び、社会貢献する納税者を輩出すれば、傾きかけた日本の社会保障を立て直すことも夢ではなかろう。教育とは誰のためのものなのか、もう一度問い直し、「ブラックバイト」を死語としたい。(奈)


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(2015年7月 9日 05:30)
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