大学を歩く:教え合いで学ぶ意欲喚起

大学を専門に取材する記者のコラムです

 

 読売新聞の「大学の実力」調査では毎回、設問内容への要望も大学側に尋ねている。今回目立ったのは、「アクティブラーニング」(主体的な学び)。学生自らが主体的に学ぶためにどんな仕掛けが必要なのか、他大学はどう取り組んでいるのか――それを知りたいというのだ。

 他大学の動向が気になるのは、すでに取り組み、成果を出している大学があるからだ。導入した授業で受講生の成績が全体的に上昇しているという金沢工業大学で、推進役・大澤敏教授(54)の「有機合成化学」の授業を取材した。「学生同士で教え合う。これに勝るアクティブラーニングはない」と結論づける。

 

 「薬を調合できる力をつける」のが目的の授業で、その日のテーマは「風邪薬」。昼休み直後の授業とあって、受講する約70人の中には、化学式が並ぶ黒板を前に居眠りする姿も。だが、わずか20分ほどで講義を切り上げた大澤教授が数人の学生に声をかけ、教室内にいくつかの「島」を作らせたところから、学生の顔つきが変わった。声をかけられた学生が、残る時間の「先生」となるのだ。

 授業で小テストを繰り返すため、教授は個々の学生の理解状況を把握している。「先生」はそれまでの授業を理解している学生で、それぞれ事前に練習問題を作って受講生に配布する。他の学生は、自分がわからない問題を作った「先生」の待つ「島」を訪れるという仕掛けだ。

 「教授に聞くよりわかりやすい」と学生には好評だ。一方で、この方法は「先生」役の学生にも変化をもたらす。

ノートのとり方も丁寧に指導する浜多嘉太さん

 「プラスとマイナスを整理すれば、わかりやすいよ」。解き方のコツを学生に説明する「先生」の3年生、浜多嘉太(はまだ・かぶと)さん(21)は、実は再履修生。「ノートの取り方は大事だ。復習する時に使えるようにきちんと書いておこう」という経験を踏まえた助言も織り交ぜて解説するから、この「島」を訪れる学生は引きもきらない。

 かつて浜多さんは「勉強をなめていた」。その結果、思うように成績があがらず、大澤教授から「進級させてもいいが、君のためにはならない」と指摘され、しぶしぶ再履修を受け入れた。最初は恥ずかしく、やる気も起きなかったが、大澤教授の指示で「島の先生」を担当するうちに、変わった。「人に教えるのは責任が重い。練習問題を作って、何を質問されても答えられるように勉強するうちに、面白いと思うようになった」と話す。今後は大学院に進み、理科を教えられる教員になりたいと願うように。

 

 教え合いを導入した授業は、まだ全308科目中22科目にとどまっているが、同大はいずれ全科目に広げたい考えだ。学内には手間のかかる授業を嫌がる声もあるという。気持ちはわからないではないが、学びに背を向けた学生の心に火をともす実のあるひと手間に、期待したい。(読売新聞専門委員 松本美奈)

(2015年10月22日 15:30)
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