異見交論27「第4次産業革命の核は『地べたの大学』」西岡靖之氏(法政大教授)

西岡靖之 法政大学教授。国内のソフトウェアベンチャー企業でSEとして勤めた後、東京大学大学院・博士課程修了。2003年から現職。知識工学、経営工学、生産工学。NPO法人ものづくりAPS推進機構副理事長。「つながる工場」を目指す「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ」理事長。54歳。

 国の「経済財政運営と改革の基本方針2016」(骨太の方針)が6月2日に閣議決定され、いま世界で進む「第4次産業革命」への迅速な対応が打ち出された。その推進力として「産学連携」を前面に押し出し、安倍首相が「日本の大学は生まれ変わります」とまで宣言するが、さて担うのは、どんな大学なのか。いち早く第4次産業革命の言葉を国内に伝えた西岡靖之・法政大学教授に聞いた。キーワードは、意外なことに「地べたの大学」......。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


 

■「つながる」

――そもそも論からで恐縮です。第4次産業革命※ とは、何でしょうか。

 

西岡 きちんと定義されていないので、わからない方が圧倒的でしょう。ドイツが国家戦略※ として始め、それが米国に広がり、いまや世界を席巻しています。スケール感とスピード感が今までと比較にならない、大きな流れです。ポイントは「つながる」です。人と人、人とモノ、モノとモノ、すべてをつなげるのです。あちこちに散らばっている膨大な知識や技術をデータにまとめ、必要な時に必要とする人の所に届けるという「スマート」な社会を目指しています。

 

※産業革命

■第1次:機械的な生産設備の導入。石炭で動く蒸気機関がその象徴(18~19世紀) ■第2次:大量生産・輸送が広がり、石油と電力がエネルギーの主役に(20世紀前半) ■第3次:IT技術の発展でさらに生産を自動化(20世紀後半~21世紀初頭)

 

※ドイツの国家戦略

国内資源が乏しく、少子高齢化により労働人口も減る一方で、アジアや米国に生産拠点が集中していることなどを問題視。ものづくり大国としての生き残りをかけて2006年、製造業の高度化に向けた産官学共同のアクションプラン「ハイテク戦略」を策定した。

 

――それほど世界で注目されているのですか。

 

西岡 4月末、ハノーバーメッセ※ に行ってきました。ものすごい熱気で、世界がどれほど注目しているのかを実感しました。何しろ、ドイツの危機感がとても強い。現状を打開するために、あらゆる利害関係者を巻き込み、議論の輪を広げています。例えば、労働組合。産業構造が変われば雇用のあり方も変わる。放っておけば、最大の抵抗勢力となる組織です。そこからメンバーを迎え、産業革命の構想を練り、人工知能とものづくりをつなぐ「考える工場」化を進めています。

 

※ハノーバーメッセ

ドイツのハノーバーで開かれる世界最大の国際見本市。ビッグデータを駆使して製造コストを削減するインダストリー4.0の体験の場として人気を集め、主催者発表によると、今年は過去最大の100か国・地域から約19万人が来場したという。

 

――それがなぜ、今ごろ日本に?

 

西岡 島国であること、日本語の壁もあって波及が遅れました。けれども、無関係でいることはできないでしょう。人、モノ、お金の動きに境界がない時代ですから。日本では伝統的に、経験則に基づく「あうんの呼吸」が重視され、理論やモデルは軽んじられてきましたが、世界では、ロジック(論理、議論の筋道)が勝負です。競争のルールが異なるのです。「あうんの呼吸」でこなしてきたものをデジタルに乗せ、「知の効率化」を図らなければ、日本は取り残されてしまうでしょう。

 これまでの「効率化」は、作業時間1時間を5分に短縮するとか、手書きをIT化するとか、外形的なものが中心ですね。これから目指すのは、品質の安定、向上に向けた知の効率化です。日本の産業の中核を担う中小企業は、注文を受けて、その注文にこたえる技術はありますが、効率が悪い。そこで効率化に役立つ素晴らしい技能や知識をデータ化し、再生産できるようにするのです。

 

 

■「産学連携」で知の効率化

――安倍首相は、第4次産業革命を実現するとした4月の談話で、「日本の大学は生まれ変わります」と強調していましたね。

 

西岡 そもそも連携できる「学」がない、それが問題です。日本の大学教員は、それぞれの専門分野では頑張っています。けれども分野を超えて横串を刺す、現実社会に生かすためにさまざまな人たちをコーディネートするという作業が得意ではないのです。

 今年5月、中央教育審議会が「専門職業大学」の創設を盛り込んだ答申を出しました。これは、日本の大学は生まれ変わらなくてはいけないというメッセージだと受け取っています。まず、教育。今の学生は「勉強しない」と言われていますが、当たり前ですよ。教員が自分の専門だけを教えている限り、学びが魅力的に映らない。そういう現実に対し、大学もきちんと評価しているようには見えません。

 

――横串を刺せない......。そういえばこの「異見交論」で前回お話いただいた金融庁の神田眞人さんが、大学の現状を「タテわり、タコツボ、相互不干渉」と話していましたね。

 

西岡 そうですね(笑)。ただ「相互不干渉」には異論があります。下に対して干渉しすぎだと思いますよ。例えば、地域の中小企業と一緒に技術革新に取り組んだり、熱意を持って学生の教育に当たったりする大学教員もいます。けれども、伝統的な研究者像と異なる新しいタイプ、新しい分野に踏み出そうとする人たちに干渉し、従来通りの姿に引き戻そうとする"偉い人"が少なくないのです。新しい学問分野の開発、学生の育成の仕方......、大学の現場には、変わりたくても変われない現実があるのです。

 ドイツのプロフェッサーは、企業での勤務経験が無いとなることができないようです。他流試合、サラリーマンの悲哀、多様な知識経験がおのずと横串を刺せる下地になる。それが大学の許容度を広げるのですね。日本の大学にも、生まれ変われる可能性はあると思うのですが。

 

――第4次産業革命が、きっかけになるかもしれないのですね。

 

西岡 大学が変わり、日本のものづくりを残さなくてはいけないと思っています。その担い手は中小企業になるでしょう。大手企業は海外に生産拠点を移しているし、組織が大きくなって機動力がなくなり、進取の精神にもかげりが見えている。何か新しいことをしようとしても、前例踏襲という風潮が出てきて、物事が進まないようです。それに対して中小企業は、もともとものづくりが好きな人たちで進取の精神に富み、工場の近くに住んでいて、小回りもきく。

 

――大学の役割は?

 

西岡 そういうものづくりの現場を支え、つなぐのが大学です。その意味で、第4次産業革命の成否を握る「産学連携」の中核になるのは、「地べたの大学」ですよ。大学は本来、サービスとものづくり、何でもありの世界を、学生と一緒に走っていくフロントランナーです。新しいアイデアを、ものづくりの現場の人と作り上げ、そこで学生を育てていく。いま行われている、ちょっと職場をのぞく程度のインターンシップではなく、ものづくりの現場に腰を据えて、そこでリアルに起きている問題に現場の人と一緒に頭を悩まし、解決策を考え、データを価値に変えていく。そうすれば、学生はもちろん、教員も成長しますよ。

 


おわりに

 第4次産業革命とは、人工知能が全てを支配し、人が関わる余地を消していくものかと考えていたが、どうやら逆らしい。日本のものづくりを支えてきた職人芸をデータで支え、世界ブランドにする。そんなことが可能になるとしたら......。ただし、「つながる」がその前提。大学にはびこる「タテ割り」「タコツボ」「相互不干渉」の風潮で産業界とつながるのはハードルが高いと懸念するからだ。それでも、何とかつながってほしい。日本の優れたものづくりのパワーを世界に広げるために、それを誇りに思う学生を1人でも増やすために。(奈)


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(2016年6月23日 10:00)
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