異見交論33「大学に『即戦力』を求めない」中畑英信氏(日立製作所執行役常務)

中畑英信 1961年生まれ。83年、九州大学法学部を卒業後、日立製作所に入社。日立アジア社人事部ゼネラルマネジャー、グローバル事業本部経営企画部長などを経て現職。

 従来、企業は大学に「即戦力」を求めてきた。ビジネス競争の激化で、時間やコストを人材育成にかける余裕がないからだ。これに対し、「即戦力という言葉はもう口にしていない」と話すのは、日立製作所執行役常務CHRO兼人財統括本部長の中畑英信氏。むしろ「ダイバーシティ(多様性)」や「自ら問題を見つけ、解決する力」が大事と話す。企業の採用・育成の姿勢が変わろうとしているのだろうか。(聞き手・読売新聞専門委員 松本美奈)


 

■"現場の神様"が競争力の源泉

――企業人は、二言目には「即戦力がほしい」と言います。

 

中畑  私はもう、「即戦力」とは口にしていません。理由の一つはグローバル化。新卒で「即戦力」は無理です。うちのようにグローバルに打って出る企業は、今までの物差しにこだわっていた人事戦略を変えなければ、競争に勝てません。時代の流れの中で、発想の転換が求められているのです。

 

――御社は1910年、茨城県・久原鉱業所日立鉱山の機械修理工場として創業した長い歴史を誇っています。

 

中畑 私が入社した1983年のころは、まだ国内で勝負できました。当時、私が所属した神奈川・戸塚工場の主力事業は電電公社(NTTの前身)向けの電話交換機で、どれだけ優秀な技術者を採用し、育成できるかに注力していました。電電公社の取引先は、NEC、富士通、沖電気、日立の4社。日本企業と戦い、国内でモノを作って国内に納める時代でした。競争力の源泉は技術力。あとは、現場のモチベーションをどう上げるかを考えていればよかった。

 そのための制度はありました。例えば「工師制度」、つまり"現場の神様"を作って、重用する。賞与を渡すとき、ある一定の階層以上の人には、工場長が手渡しでした。戸塚工場の職員は2,500~2,600人。手渡しでもらえるのは、20人か30人の部長と、5人ぐらいの工師だけです。さらに工師には、本社の社長からの「社長寸志」もある。でっかい熨斗(のし)袋に入った「社長寸志」を、工場長が社長に代わって渡すというやり方。つまり、それぐらい現場のモチベーションアップに気を使っていたわけです。日立は現場を大事にしている、と周囲の人に伝わる。すると、他の人も、ああいう人になりたいと努力する。そうした人事制度が、当時の事業のあり方に直結していたのです。

 

――それが変わったと。

 

中畑 ビジネスが変わったのです。製品やシステムのあり方だけでなく、「お客様が何を悩んでいるか」を考え、ソリューション(解決策)を提供しなくてはならない。

 電電公社はNTTになりましたが、変わったのは社名だけではなく、ビッグデータをどう活用するかといったソリューションが求められるようになってきた。携帯を持っている人の所在情報をビジネスにつなげるにはどうすればよいか、などを検討する必要が出てくるわけです。人の動き方を分析し、ここにこういう店舗があれば買い物をするのではないか、店の近くでは「ここにこんな店があります」といった情報を流したらどうか......といったふうに。そうなると、技術力だけでは足りません。求める人材が変わるのは当然です。

 

 

■現地のことは現地に聞け

――さまざまな情報や分析をつなげ、新しいものを考える発想力が必要なのですね。

 

中畑 日立はそれをグローバルに展開する。そのためには、海外の人をどう活用するかも重要になる。人事戦略を変えなくてはいけない二つ目の理由です。昔は日本人が海外に出向いて良い製品を輸出していれば、ビジネスになりました。優秀な日本人を抱えることがグローバル展開のポイントだったのです。今は、現地にどんなニーズがあるかを探りだすことが不可欠です。現地の人でないと無理です。日本人が日本で考えていては通じない。

 

――多様な情報に横串を刺し、さらに海外の事情にも通じているというのは、新卒にはかなりハードルが高い要求です。

 

中畑 それは無理ですよ、私見ですが。大学に求めたいのは二つ。まず「ダイバーシティ」。文化や言語の異なる人々とコミュニケーションをとれるような体験を積み重ねさせてほしい。もう一つは、与えられた問題に答えるのではなく、どんな問題があるのかを自分で考える力を育ててほしい。

 

――日本の大学に「ダイバーシティ」と「自ら問う力」ですか......。ところで、2011年に「人財マネジメント改革」を始めていますね。現状をご説明いただけますか。

 

中畑 日立は2008年度に7873億円という大赤字を出しました。その後、V字回復を遂げ、次の成長をどうつくるかが最大の課題です。2011年度、当時の中西社長が、GEやシーメンスと戦うグローバルメジャープレーヤーになる、と宣言し、そのための人事改革、具体的には人材マネジメントの一元化を図ることが決まりました。かつては世界950社がそれぞれの人事制度を運用し、評価制度も別でした。2012年度に従業員25万人分の情報をデータベース化し、同じ物差しで評価するようになった。幹部候補に国籍は関係ありません。女性も増やしています。女性管理職者は474人。2020年度には1,000人を目指します。

 2016年度の新規採用は600人で、うち約1割が、海外の大学にいる日本人留学生や国内の外国人留学生です。採用時に、「みんな海外に行ってもらう」と伝えました。日本でしか働きません、と言う人は採りません。

 

――いただいた資料によると、2015年度の連結売上高は約10兆円。うち海外の比率は48%ですね。社員約335,000人のうち147,000人、44%が海外です。

 

中畑 日本人の採用だけ考えていても仕方ない。日立が必要とする人材がすべて揃うわけではないので。例を挙げれば、いま日立の鉄道ビジネスは英国が本社で、そこでどんな人材が採れるのか、がとても大事です。鉄道事業の7~8割が海外ですからね。現地で優秀な人を採り、ビジネスをしていければいい。申し訳ないけれど、日本の大学の学生だけでビジネスをやろうという感じでは、もうないですね。日本人はまじめで優秀だとは思っていますが。

 昇進の仕方も変えています。いままで35歳で課長、45歳で部長、50歳で本部長というペースでしたが、それではいつまでたっても取締役にはなれない。そこで今年から意図的に35歳から44歳の層を選んで、責任ある仕事を任せています。かつては「この人ならば大丈夫」と確信してから責任と権限を与えましたが、今はポテンシャル(潜在的な能力)を見る。選ばれれば、人はタフになりますから。ただ、まだ社員の意識改革が課題として残っています。時代は変わった、社会にとって何がソリューションなのか、迅速に対応しなければ――その意識を一人ひとりが持てないと......。

 

――最後に。「自ら問い、考える力」の重要性を教育現場に根付かせるための「高大接続改革」が進められています。そもそも企業側が「大学は期待に応えていない」と言う声を背景に始まったものです。この改革について、どう見ていますか。

 

中畑 いいんじゃないですか。私たちと同じ方向を向いていると思いますよ。社会の課題を考え、解決策を考える人材、まさに必要です。

 


おわりに

 「木は生育の方位のままに使え」――。話を聞きながら、ふとそんな言葉を思い出した。法隆寺金堂などの復興を果たした最後の宮大工、西岡常一さんの家に伝わる口伝だ。山の南に生えた木は、塔の南側に使え。生育の場所によって異なる個性を生かしてこそ、1,300年を超して美しい姿を保てる法隆寺があるのだという(「木のいのち木のこころ」新潮文庫)。日立の「現地のことは現地に」という発想は、理にかなっていると思う。

 だとすると、人口減少が進み、生産拠点としても、マーケットとしても魅力を失いつつある日本の若者の未来はどうなるのか。外国人留学生の受け入れ体制強化や、日本人学生の留学推進、18歳人口に偏った受験生集めなどの難題を抱え、さらには地域経済の長期低落で県境を越えての学生募集も難しい大学に、「ダイバーシティ」実現が果たして可能だろうか。「自ら問う力」を掲げた「高大接続改革」もまた、大嵐の中で......。(奈)


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(2016年12月20日 17:17)
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