SDGsトーク4(上)「もったいない」の心 ガンジス川で考える

 よりよい未来をめざし、先生や専門家たちからSDGs(持続可能な開発目標)にまつわる話を聞く連載「SDGsリレートーク 『じぶんごと』からはじめるために」。今回のゲストは、もったいないことをしたらとんでくるおばあさんが主人公の絵本「もったいないばあさん」で人気の絵本作家、真珠まりこさん。今年、この「もったいないばあさん」シリーズの一部がアニメ化され、話題になっています。読売新聞教育ネットワーク事務局アドバイザーの田中孝宏さんが、「もったいない」の心などについて伺いました。

 

まとめ:住吉由佳(教育ネットワーク事務局)


 

田中 「もったいないばあさん」の絵本が誕生して、もう16年になりますね。本が誕生したきっかけを改めて教えてください。

 

真珠 子どもが4歳の時に、「もったいないってどういう意味?」と聞かれたんですが、うまく説明できなくて、「もったいない」をわかりやすく話せる絵本がないかとさがしました。でも見つけられなくて、自分で作ってみようと思い、できたのが「もったいないばあさん」なんです。小さい子は、長いことばの説明は難しいけど、心で思うように、イメージで理解することはできると思い、絵本を読んで、なんとなく意味がわかってくれたらと思いました。

真珠まりこさん

神戸生まれ。大阪とニューヨークのデザイン学校で絵本制作を学び、初めての絵本「A Pumpkin Story」は米国で出版。2004年に絵本「もったいないばあさん」(講談社)を出版して以降、ようちえん絵本大賞、けんぶち絵本の里大賞など各賞を受賞。地球上で起きている問題と私たちの暮らしとのつながりを伝える「もったいないばあさんのワールドレポート展」を2008年から開き、全国で巡回展示もしている。他の作品に「おべんとうバス」「おたからパン」(以上ひさかたチャイルド)、「なないろどうわ」(アリス館)、「まあるくなーれ わになれ」(鈴木出版)など。2009年から環境省・地球生きもの応援団メンバー。

 

真珠 そのとき、子どもが「もったいない」の意味を分からない暮らしをしているかも、ということにも気がつきました。忙しくて、「残していいから早くして」って子どもに言ってしまってたかも、と。今の時代は、修理するより買ったほうが安いものがたくさんあって、何か壊れたらまた買えばいいと、子どもたちが思ってもおかしくないかもしれない。自分は親から言われてわかっているけど、子どもにもちゃんと、「もったいない」ということを伝えていかないと、この先社会はどうなるんだろうと、こわくなりました。

 

田中 「もったいない」は、いい言葉ですよね。

 

真珠 「もったいないばあさんは、けちんぼのおばあさんだね」って言われたことがあるのですが、私は、「けち」と「もったいない」は、違うと思うんです。「もったいない」には愛があります。自然の恵み、作ってくれた人への感謝の気持ち、大切にしたいという思いやり。一方の「けち」は、執着だと思うんです。「自分だけのもの、人にあげるのはいや」みたいな気持ち。もったいないばあさんは、いいものは人と分け合った方が楽しいと思っていて、けちんぼじゃない。愛情があって「もったいない」と言っている、そんなおばあさんです。

 

田中 「もったいないばあさん」のモデルは、観音様でしたね。

 

真珠 はい。最初は「・」の目の形をしたおばあさんを描いていたのですが、担当編集者さんから「インパクトのある名前に合うように、一度見たら忘れないような顔に考え直してください」と言われ、その後、観音様の動画か写真を見て、「あ、この目!」とひらめいたんです。観音様の目は、半眼。どこを見ているか分からないけど、全部見ているよ、という目なんだそうです。もったいないばあさんも、もったいないことしていたら、全部見ていて飛んでくるよ!というところが、ぴったりだと思いました。「もったいない」は、もともと仏教の言葉なんだそうです。仏教には、全てのものが仏になる、全てのものには命がある、命があるものを大事にしないともったいないという教えがあって、「もったいない」は命の大切さを伝える言葉だと、知り合いのご住職から教えていただきました。

 

田中 絵本の作り方にまた特徴がありますね。

 

真珠 もったいないばあさんの絵は、貼り絵で作っているんですよ。クラフト紙に黒マジックで線を描いて、カラーインクで着色し、周りを切ってから、また別のクラフト紙に貼り付けています。昔の印刷風にしたくていろいろ試した結果、この手法になりました。

 

田中 「もったいないばあさん」シリーズの最新刊「もったいないばあさん かわをゆく」を読ませていただきました。川の水のキャラクターがかわいいですね。なぜ、今回はこのテーマを選んだのですか。

 

真珠 日本の絵本を使ってインドの子どもたちに環境教育を、というJICAと連携した講談社のプロジェクトが2016年から始まり、「もったいないばあさん」の絵本もインドで読み聞かせされて、その後ヒンディー語で翻訳出版されることになりました。インドの人たちにもっと親しみをもってもらえるような、もったいないばあさんの新しい絵本もできたらいいですね、という話になりまして、川を舞台に水の循環をテーマにした絵本なら、ガンジス川に特別な意味のあるインドの人たちにも、また日本でも、世界の人たちにも、読んでもらえるのでは......と考えました。

インド・デリーで開かれたブックフェアで(2018年1月)

 

田中 インドのガンジス川流域を旅されたそうですね。

 

真珠 そうなんです。川の本を作るということで、ガンジス川を上から下まで旅することになりまして、本ができた後には、ヒマラヤの源流部にも行ってきました。いったいどんな本を作ればいいか悩んでいた時に、インドの人たちにとってガンジス川は、神様として毎日お祈りをして捧げものをするという、とても意味のある川だということを知りました。その一方で、汚染が進んでいて、なぜそれが一緒に起きるのか、すごく不思議だったんです。ちょうどその頃、ガンジス川を「聖なる川」と考えるヒンズー教の巡礼の方々が源流から河口まで旅をする話を聞いて、そんなことができれば、いろんなものが見えてくるのではと思いつき、ガンジスを旅することになりました。そして、旅を続けるうちに、インドの多くの人たちが、川の中や周りに棲(す)む生きものたちのことを知らない、自分たちが捨てたごみがどうなるか興味がないのでは、と感じるようになりました。日本では、理科や社会の授業で、自分が住んでいる地域の自然や環境について学習する機会がありますよね。

訪れた山の中腹で、崖の上からおりてごみを食べようする牛(2019年6月、インドで)

 

田中 そうですね。特に4年生が中心に学んでいます。

 

真珠 川の周りにどんな生きものたちが棲(す)んでいて、その自然が自分たちとどんなふうにつながっているかを知れば、もっと自然に感謝したり、環境を守ろう、大事にしようという気持ちが出てくると思うんです。教育って大事だな、とも思いました。ガンジス川の旅の後、南インドの運河の町も訪れたのですが、そこでは、みんなが川を大切にしながら暮らしていて、魚をとったり、貝をとったり、洗濯したり、もく浴もしながら、きれいなんです。ごみも落ちていない。川と人の暮らしのあるべき姿ってこういうことなんじゃ、と思いました。「もったいない」の「勿体(もったい)」というのは、もののあるべき姿のことだそうです。そうじゃないから、「もったいない」のだと。その地域は、インドの中でも教育水準の高い地域なのだそうです。

 

田中 雨粒の赤ちゃんみたいなものが、最後に命として循環する場面がすごくよかったです、とても心に残りました。

 

真珠 物語のスタート「ぴちょん かわの あかちゃんが うまれたよ」というイメージは、実は最初からあったのですが、川の赤ちゃんと旅をするというアイデアを思いついたのがよかったと、私も思います。

ヒマラヤ・ガンジス川の源流で(2019年6月、インドで)

絵本「もったいないばあさん かわをゆく」

「もったいないばあさん」シリーズ最新刊(第17作目)。作/絵・真珠まりこさん(講談社)。水、命の循環をテーマに、川を舞台にして描かれた絵本。私たちの暮らしになくてはならない川の源流で、水の赤ちゃんが生まれ、山や森、海、人の暮らしとつながっている様子を、もったいないばあさんが少年と見て、考え、行動する。

 

もったいないばあさんアニメ

累計で100万部を超えた「もったいないばあさん」シリーズ17作のうち、4作を環境省と講談社の共同事業として、2020年6月に日本語と英語でアニメ化。8月にはフランス、スペイン、中国、インド(ヒンディー語)も加わり、計6言語で世界へ無料配信を開始。「もったいないばあさん かわをゆく」もアニメーションで見られる。https://mottainai-baasan.com/

 

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(2020年9月19日 10:00)
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