《第70回》文部科学大臣賞作品紹介(2)

 第70回全国小・中学校作文コンクールの中央審査で各賞が決定しました。文部科学大臣賞3点を要約して紹介します。作品の全文は、要約の下の「全文を読む」をクリックしてご覧いただけます。(敬称略)


 

<小学校高学年>

「不安が確信に変わるとき」

スイス・チューリッヒ日本人学校補習校6年 八木友美(やぎ・ともみ)

 日本語だけの世界に生まれていたら、もっと楽に生きられたかもしれないと思っていた。私が生まれたスイスは4か国語が公用語。私が住むチューリヒはドイツ語だ。私は何年たってもドイツ語が話せなかった。「モニョモニョ。ゴニョゴニョ」。何を言っているのか全くわからない。

 入学した小学校で、私がドイツ語を一言も話さないことが問題になった。個人レッスンを受けても、全く話せるようにはならなかった。

 2年生の終わりに、私は学校から留年をすすめられた。もう1回2年生をするなんて、なんかくやしい。だけど、両親は、「ぜひお願いします」と即答したらしい。

 次の日、母は図書館から30冊の絵本を借りてきた。

 「友ちゃんはバカじゃないよ。単語の意味がわからないだけ。1日1冊ドイツ語の絵本を読んでいこうね」

 その日から、私はドイツ語の絵本を声に出して読んだ。1行読むのに何回も辞書をひき、何分もかかった。単語を忘れる度に、母に意味を聞いた。毎日読み続けて、私の頭の中にドイツ語の言葉が残っていくのを感じ始めた。

 しばらくたったある日、学校で先生に「Kannst du das machen?(これをしてくれない)」とお願いされた。

 その時、私の頭にある絵本のページが浮かんできた。先生が話した言葉と同じ文章が書いてあったのだ。耳にした文章が初めて頭の中に残った。初めて先生が話したことが理解できた瞬間だった。

 私は、胸につかえていた物が流れていくのを感じた。言葉が理解できないまま大人になったらどうしよう。いつも心の片すみに不安の塊のかけらが座っていた。でも、先生の言葉を理解できた日にそのかけらは流れていき、心に希望の光が灯(とも)った。絶対に話せるようになれると確信した。

 その日からドイツ語の本を毎日、必死に読み続けた。読書量が増えると友達の話がどんどん聞き取れるようになった。意味がわからないときは、その場できくと、すぐに教えてくれた。音がきれいに聞き取れるようになり、先生や友達に質問ができるようになると、私のドイツ語の世界は、どんどん広がっていった。

 そして2年間で600冊以上のドイツ語の本を母と読み終えたとき、学校のドイツ語のテストで初めて百点を取ったのだ。嬉(うれ)しくて、嬉しくて万歳しながら家に帰った。

 今年の7月。学校のドイツ語の作文コンクールで、私は優勝した。これも日本語で書き続けた日記と、山のように読んだ読書の成果だと思う。

 簡単には話せるようにならない語学。でも、きっと努力すれば、みんな話せるようになるんだと思う。

 早く日本に住みたいと思っていたけど、今はこちらの生活も悪くないと思う。努力した分だけ楽しいことが待っているとわかったから。英語もフランス語も話せるようになると、もっともっと新しい世界を見られるかもしれない。(指導・吉冨ゆかり教諭)

 

 

◆光さす瞬間 読み手も共有

【講評】耳で聞いた音と、頭の中の文章がむすびつき、意味が理解できたときの感覚を、みごとな表現力で描いています。言語を学ぶことの難しさとおもしろさを体験し、言葉が世界を広げることを実感した八木さん。長い苦しみのあとに光がさす瞬間を、読み手も共有することができる、感動的な作文です。(梯久美子)

(2020年12月14日 16:00)
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