自立したアスリートを育成したいと笑顔で講義する鯉川さん |
順天堂大学女性スポーツ研究センターは10月26日、佼成学園女子中学校高等学校(東京都世田谷区)で「女性アスリートのコンディショニング」「女性スポーツリーダーシップ」をテーマにした出前授業を行った。2014年全国高校総体で27年ぶり2度目の優勝を達成したハンドボール部のほか、バスケットボール部とバレーボール部に所属する中高生、監督ら約70人が専門家の講義に耳を傾けた。
第1部 スポーツ障害 予防は食べること!
若い女性アスリートは太ることを気にせず、必要なエネルギーを摂取すること。怠れば...重大なスポーツ障害になります――。講師役の鯉川なつえ副センター長が生徒たちに伝えたメッセージだ。
鯉川さんは1993年、ハーフマラソン学生日本新記録をマーク、2大会連続でユニバーシアード代表にもなった長距離ランナー。実業団を経て、現在は母校の順天堂大学でスポーツ健康科学部先任准教授、陸上競技部女子監督として最新の研究に基づき学生を指導している。
授業では、最高のパフォーマンスを発揮するためには自らの体を知る必要があると説明し、月経を司る女性ホルモンの働きや、なぜ女性がじん帯を損傷しやすいかをスクリーンに映して見せた。
トップアスリートだった専門家の指摘に身を乗り出す生徒たち。その半数はハンドボール部員だ。同部はU-18(18歳以下)日本代表が複数いる強豪で、監督やコーチ、理学療法士らが手厚くサポートする。だが、激しいボディコンタンクトや練習でも1キロ以上やせる運動量のため、ケガや月経異常に悩む生徒が少なくない。
そんな彼女たちに鯉川さんが提示したのは、2007年にアメリカスポーツ医学会が発表した「女性アスリートが陥りやすい3つの障害」(FAT=FEMALE ATHLETE TRIAD)だ。
3障害は(1)利用可能エネルギーの不足 (2)視床下部性無月経 (3)骨粗しょう症。利用可能なエネルギー不足とは、身体機能が正常に働く余裕がない状態をさし、鯉川さんは「この状態が続くと女性ホルモンのエストロゲン分泌が抑制され、無月経、骨量低下による疲労骨折につながります」と3症状の相関関係を解説した。
予防方法はシンプル、しっかり食べることだ。必要なエネルギーを摂取すればFATにならないことを数式で示し、自らの体験を交えながら「練習がきつかったと感じた日は運動終了から45分以内にエネルギーをチャージ」「カルシウムを摂取するなどアスリート思考の食習慣を心がけよう」。次々とアドバイスしていった。
生まれつきのリーダーはいません!と熱く語る小笠原さん |
第2部 夢をたぐりよせよう 熱いエール
第2部では小笠原悦子センター長が登場した。
小笠原さんの講義は、女性スポーツ振興に向けた取り組みの説明から始まり、「既に国際競技団体の女性役員比率は2割近くに達し、昨年、世界女性スポーツ会議では『4割』という目標を打ち出しました」。世界がダイナミックに動きだしていると話した後、一拍おいて「日本はどうかというと5%程度。これが現実です」。
何とか現状を打破したい、女性リーダーを一人でも多く育成したい。その思いにかられ、今夏、日本初の「女性コーチアカデミー」を企画し、元五輪メダリストら32人が2泊3日の勉強会に参加したと紹介。その勉強会で実践したコーチング理論を披露したうえで、「良いチームを作るにはどうしたらいい?」と生徒たちに投げかけた。
「成果があがるムードを作ること。それぞれの強みを最大限に活かせる価値観を育むこと。失敗を恐れるカルチャーを作っては決して勝てません」と小笠原流リーダーシップを伝授した。
夢を視覚化する大切さも説いた。
中学時代から五輪の競泳コーチを目指してきた自らの体験を語り、「20年間、競泳の全米女子学生選手権決勝を見学して、優勝選手とプールに飛び込むコーチの姿をまぶたに焼きつけた。いつか私もという夢は、ソウル五輪でかないました」とイメージトレーニングの大切さを訴える。
「すごいね」とざわつく生徒たちに、「テキサス大学で短期インターン中に素晴らしい女性と出会い、それがきっかけで私は米国で博士号を取った。みなさんにも必ずロールモデルはいる。その人を見つけ、追い続けてください。たぐりよせれば夢は近づいてくる」。エールで授業を締めくくった。
■相次ぐ質問 目指せDual Career
鯉川さんの質問に反応する生徒たち |
出前授業が終わると生徒たちから質問や相談が相次いだ。
「エネルギー摂取の大切さが分かりました。でも、練習後、お腹がすきません...」。ハンドボール部GKの鈴木梨美さんが悩みを明かすと、鯉川さんは「食べるためのエネルギーだけは残さないといけない。どうしても受けつけない場合は牛乳。豪州ではチョコレートミルクを飲みます」とアドバイスした。
女性スポーツ振興の世界的取り組みに役立ちたいと思った同部前主将の初見実椰子さんは、小笠原さんに「高校生の私たちに何かできることはありますか」と聞いた。
18歳の初々しい質問に小笠原さんは「英語を勉強してほしい」と注文。グローバル社会で英語を駆使できれば情報量が一気に増えるためで、「学力の基礎ができていれば必要なときにスパートできる。文武両道のDual Careerを目指せば、自ら将来を選べる人生が待っています」。最後まで熱く語った2人に大きな拍手がわきおこった。
バスケットボール部・砂川亜紀さん
「小さな目標を足がかりに、夢に近づこうという話が勉強になった。弱い自分に勝つことから私は始めたい」
バレーボール部・足立沙菜さん
「自分のことで精一杯という状況が多いが、仲間をもっと理解しないといけないと思った」
■監督の声
石川浩和監督
「思春期の女の子には体重を増やすことへの葛藤がある。でも、専門家から指摘されて食事の大切さが分かったのではないか。スポーツに打ち込みながら自立した女性を目指すことの意味を教えてくれたのも大きな収穫です」
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