「プロ」の解説で野球観戦~元阪神・川尻哲郎さんに会える居酒屋

タイガースファンが集まれる居酒屋を新橋に開いた元阪神投手の川尻哲郎さん

 

 コロナ禍でも熱戦が続くプロ野球。ペナントレースは、五輪による中断に入りました。今シーズンも、ひいきチームをスタンドで応援したい気持ちをぐっとこらえてTVやネット配信で声援を贈ったファンも多かったのではないでしょうか。埼玉県出身ながら、10年来の虎党(阪神タイガースファン)である私自身も、本拠地の甲子園に駆け付けたい気持ちをこらえています。「たまには気の合う仲間と一緒に応援したい」そんな気持ちをかなえてくれる場所が、東京・新橋にあると聞き、取材してきました。(中央大学・大関亮太)

 

虎党の「聖地」

 新橋駅から徒歩2分。雑居ビルの5階に、「夢のスタジアム」はあります。阪神タイガースファンが集まれる場として今年2月に開店した居酒屋「TIGER STADIUM」の店主は、1990年代後半の阪神を支えた右腕・川尻哲郎さんです。カウンターとテーブル計20席の店内。テーブルごとにパーテーションが置かれ、ソーシャルディスタンスを保つように工夫されています。取材した6月26日は、「まん延防止措置」の期間中であったため、お酒の提供は午後8時まで。緊急事態宣言中も、東京都からの要請に従い、休業やお酒の提供を取りやめる、などの対応がとられていました。

 

 この日のお客さんは2人と少なめ。最下位に沈むDeNAベイスターズを本拠地・甲子園に迎えた我らがタイガース。前日、エース格の西勇輝投手でカード初戦を落として迎えたこの日の先発は、新人ながらここまで4勝を挙げている伊藤将司投手。私と川尻さんを含めた4人も、気持ちだけでも甲子園に届けよう、と見守ります。

 

 「タイガース一色」の店内に気分も高まる

 

「元プロ」の解説を肴に

 初回、2回とランナーを出しながらもいずれもダブルプレーで切り抜けた伊藤投手に応えるように、梅野隆太郎捕手のタイムリーで幸先よく1点を先制した我らがタイガース。「梅ちゃんは、とにかくブロッキングが良いし、勝負強いバッティングをしてくるよね。リードも、ピッチャーの一番良いボールを中心に組み立てているね」。すかさず川尻さんのコメントが加わります。独立リーグの「群馬ダイヤモンドペガサス」の監督も務めただけに、解説も的確。「あ、次のカウントでエンドランを仕掛けてくるわ」という「予言」通りの展開になったときには、思わずうなってしまいました。新人ながら本塁打を量産する佐藤輝明選手については「インコースのボール球に手を出してしまうのは、スイングのせい」などの分析も加わります。落ち着いた雰囲気の中で「野球を見る目」が磨かれていくのを感じました。

 

 試合は7回に逆転ホームランを喫し、1―3でタイガースは連敗。「横浜に連敗は厳しいね」「でも、まだ首位だしね」。この日が初対面となるお客さんたちとも、慰め合いながら別れました。関東に生まれ育った私にとってタイガースファンであることは、一種のアイデンティティといってもいいものです。幼いながらも「周りとあえて違うものを手に入れたい」という気持ちの表れだったのかもしれません。敗れはしたものの、同じ思いを持つファンとの交流に「プロの眼」の解説も加わって、球場での観戦とは違った充実感でいっぱいでした。

 

 

 店内にはノーヒットノーランを達成した試合のボードも飾られている

 

「敵地」での挑戦の理由

 なぜ、本場の関西ではなく、東京に居酒屋を開いたのでしょうか。

 

 川尻さんは東京都中野区出身で、プロ入りまでは日大二高、亜細亜大学で活躍。「情熱的な関西のファンに対して、関東は大人しい。でも、内に秘めた熱い想いは感じていた」と指摘します。現役時代から、関東のファンに励まされてきました。東京ドームや神宮球場、横浜スタジアムに詰めかける多くの虎党を見て「ファンが集まれる場所がほしいだろうと思っていた」と振り返ります。都内にもタイガースファンが集まる居酒屋は多くありますが、元選手と触れ合えるのはTIGER STADIUMならでは。川尻さんをはじめ、親交のある仲間など、常に阪神OBと触れ合えるのも特徴です。お店がある新橋はアクセスも良く、神奈川や千葉からの来客も期待できます。「出張のついでに足を運んでくれてもいいね」と関西のファンの「遠征」にも期待します。

 

 引退後は民間企業勤務や解説者、独立リーグの指導者など、常に挑戦を続けてきた川尻さん。「ファンへの感謝の気持ちが心を離れなかった」と振り返ります。居酒屋という「交流の場」で恩返ししようというプランを温め続けていたそうです。2020年12月に開店した店の「開幕シーズン」を後押しするように、タイガースの快進撃が始まりました。チームを率いるのは川尻さんがノーヒットノーランを達成した試合でマスクをかぶった矢野耀大監督。「ウチにもたくさんのお客さんが来てくれれば万々歳」と古巣の16年ぶりの優勝に期待を込めます。

 

「あと一歩」の魅力

 私がファンになってから、タイガースが2位になったのは5回。「あと一歩で」という年も少なくありませんでした。でも、そんな勝負所で負けてしまう所に、どこか自分の人生と似通った何かを感じてしまうのも、魅力の一つなのかもしれません。コロナ禍で苦境にある飲食業界への挑戦をあえて選んだ川尻さん。私たち大学生には、「今のうちに、社会で活躍するための『武器』を1つでもいいから見つけること」とエールを贈ります。亜細亜大学時代には、ドラフトで8球団が競合した小池秀郎投手(元近鉄)や、ヤクルトスワローズの守護神として活躍した高津臣吾投手(現監督)と切磋琢磨した川尻さん。サイドスローという「自分ならでは」の武器で一時代を築いた元プロとしての説得力はもちろん、様々な挑戦を続けてきた苦労人の言葉としても、心に響きました。コロナ禍でなかなかやりたいことに打ち込めない私自身も、もう一度、「自分ならでは」の武器を見つめ直してみよう、と誓いました。

 

川尻哲郎(かわじり てつろう) 1969年1月5日生まれ。亜細亜大学、日産自動車を経て1994年ドラフト4位で阪神タイガースに入団。サイドスローからの伸びのあるストレートを武器に60勝を挙げ、1998年にはノーヒットノーランを達成した。大阪近鉄バファローズ、東北楽天ゴールデンイーグルを経て2005年に引退。

 

TIGER STADIUM

〒105-0004 東京都港区新橋3-11-9 烏森通りビル 5F

TEL:03-3578-3336

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(2021年7月28日 12:45)
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