23.便利さの代償
昭和女子大学2年 竹井麻莉
「この道で本当にあってる?」
以前、夜間のイルミネーションで有名な施設を、友人と日帰りで見に行ったときのこと。
現地へ向かう電車の中で、「最寄り駅の一つ前の駅から歩いて行けるかも」と、スマホのマップを見ながら友人が言った。GPS機能付きの地図に示された所要時間は徒歩で25分。「少しでも電車賃を浮かせたい」との思いから、私たちは、途中下車した。
おりたのは無人駅だった。木々が生い茂り、出歩く人の姿は見当たらない。
小さな不安が胸をよぎったが、地図の案内を頼りに進むしかなかった。
街灯のない細い道や、急な坂をいくつも越えた。午後の遅い時間で、冬場の太陽は沈み始めている。体は冷えるし、体力の消耗も激しい。私の不安は、恐怖へと変わっていた。
さらに歩き続け、コンビニのあかりが見えたとき、私たちはひどく安堵(あんど)した。結局、目的地に着くまで約1時間かかった。
スマホの地図を頼りにしすぎたり、コンビニをみつけてほっとしたり。
私たちは便利なものに慣れすぎて、人として大切にすべきことを、粗末にしていないだろうか。
家族や友達と一緒にいるときでも、会話がなくなることが増えた。手元の画面に集中し、話を聞いていないのだ。
近年、AI(人工知能)をはじめとする技術の発達が著しい。この先、世の中は一層便利になっていくだろう。でも、「便利さと引き換えに失うもの」の存在を、考える必要があるはずだ。
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