MyScope 57. あなたは、何を失うの?


57. あなたは、何を失うの?


東洋大学3年・張雨欣

 「お前は専業主婦だ。金を稼げないので、家での発言権はない」。

 

 小さい頃から、私の家では夫婦げんかが絶えなかった。父は母に対して、事あるごとにこの言葉を口にした。母と同じように耐えるだけだった私も、成長するにつれてこの言葉に強い違和感と怒りを覚えるようになった。

 

 私が生まれ育った中国では、地域差もあるが、母の世代では、進学する女性は少なかったそうだ。祖父は息子たちを大学に進ませようとしていたのに対して、娘である母を学校に行かせるつもりはなかったという。母は高校にも進むことができず、学歴を身に付ける機会が失われたのだ。キーボードを打つこともできない母は、工場で働いていた。転職のため、毎日キーボードの操作も練習していたようだが、就職の機会も限られ、出産によってキャリアも中断されることになった。私を産んだ2000年に母は仕事を退職して、専業主婦になった。

 

 父の世代でも、男尊女卑のような価値観を無自覚に残している男性は多い。母に対してことあるごとに「女性らしく」という言葉を口にする姿を見て、私は女性の自立が必要だと考え、フェミニズムに関心を持つようになった。

 

 母親か、仕事か。どうして女性だけがどちらかを選ばなければいけなかったのだろうか。どうしようもない現実を突き付けられた母の世代の女性に対し、理想を追うことができる父のような男性は恵まれていたように見える。友達、キャリア、計画、未来――。母が失ったものは多すぎるのではないだろうか。

 

 

 「私は若さも、同僚と友達という社会的ネットワークも、今までの計画も、未来もすべて失われたんだよ。だけど、あなたは何を失うの?」

 

 韓国の女性の人生に当たり前のようにひそむ困難や差別を描いた小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)の主人公・ジヨンの、夫への一言だ。家庭で、そして学校から就職に至るまで、様々な差別に苦しんでいた女性は、ジヨンだけではない。

 

 もっと様々な価値観を学びたいと考えるようになった私は、日本に留学することを選んだ。中国では公職に就く女性も多く、女性の社会進出は日本より進んでいるように見えるが、母のように、家庭での苦しみを抱える女性も少なくない。また、東京五輪でも話題になったように、日本でもまだまだ世代によって男女の役割に関する意識に差があるようにも思う。また、「女らしい」とか、「女性的な役割」について肯定的な価値観を持っている女子学生が少なくないことにも驚かされた。こういった言葉の一つ一つが、性差別を見えづらく、気づかれにくくしているようにも感じる。

 

 日本でも、「女性活躍」という言葉が叫ばれて久しいが、まだまだ実感は乏しい。多くの人の意識を変えていかなければ、なかなか状況は変わらないだろう。男性、女性という性別や、国籍も超えて、それぞれが輝けるような社会を目指していきたい。自分ひとりの力で世の中を変えることはできなくても、自分なりの考えを発信することはできる。私は、自分の何かを失いたくない。

 



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(2023年2月 6日 08:45)
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